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大臣竹中平蔵氏の拓いた道

竹中氏が参院選出馬を決めたと聞いたとき、実は少しがっかりした。民間の専門家として入閣した彼を、とうとう永田町は受け入れる事は無かったのか、と。彼は経済学の教授から大臣に進んだ日本で(恐らくは)戦後初めての人物であり、官僚OBの多い民間閣僚の中でもある種例外的な存在だった。

その意味で、竹中氏は民間の専門家として政治の世界へ入っていく道を切り開いたパイオニアであったわけだ。その彼が自民党の参院議員になる(ならざるを得ない?)のだから、やっぱり日本では民間の専門家から政治の世界へと続く道は相当狭いのだな、というのが落胆の理由だった。

民間人が政治で活躍する世界

民間の専門家の活用という点で明らかに一歩抜きんでているのはアメリカだ。大統領経済諮問委員会のハバード委員長はコロンビア大学教授(休職中)だし、OBでも元財務長官のルービン氏はゴールドマンサックス証券の敏腕トレーダー、彼の引退後に財務長官の座に着いたサマーズ氏はハーバード大学の教授を勤めていた。

かのインフレファイターボルカーFRB前議長はチェースマンハッタン銀行の出身で、現議長グリーンスパン氏も大学卒業から20年ほど経済コンサルタント会社の社長をしている(その後は大統領経済諮問委員会などを歴任。ちなみに経済学の博士号も持っている)。

イギリスでは閣僚に民間人はいないはずだが、イングランド銀行(中央銀行)のキング総裁はハーバード大学の教授も勤めている経済学者だ。

今更彼らの残した実績の数々を列挙するまでもないだろう。特にアメリカの民間人の使い方は気合が入っている。元財務長官のサマーズ氏はメキシコ通貨危機の解決に活躍したことで有名だが、政府は学者上がりのこの人に交渉の最前線を任せているのだ(さすがにこの時は「学者上がりに任せていいのか」という非難の声も上がったが、結局サマーズ氏がやり遂げてしまった)。

在野の専門家は、使い方しだいで国家経営に大きな力を発揮する事はすでに証明済みのことなのだ。

専門家の使い方

一方日本では学界財界その他からの民間専門家の登用はどうも進んでいない。学者出身では伊藤隆敏氏が一時副財務官になったことがニュースになったくらいで、経済学者から官庁のそれなりのポストに就いたという話はその後聞かない。財界から直接大臣など考慮されたこともないのではなかろうか。

学者なら審議会にたくさん呼んでますよ、という答えもあるかもしれないが、あれが日本の活用法だというのではあまりにも悲しい。専門家の知識や能力を本当に生かすつもりならば、それなりの地位につけなければ意味が無い。

少し考えてみて欲しい。読者のあなたの下に、経営学だかマーケティング理論だかを専門的に学んだ部下が配属されてきたとする。そして「課長、この企画は○×△◇○?◎なのでセオリーに従えば×△×!◇△#◇○すべきだと思うのですが」とか言ってきたとき、どんな反応をするだろうか。聞き流すが、どなりつけて黙らせるかのどちらかではないだろうか(筆者ならそうする)。間違っても彼の理解不能な意見に基づいて方針を決めたりしないだろう。責任を取るのはあなた自身なのだから、分からない事は採用すべきではないのだ。

この小生意気な部下君が10年たって出世したとき、初めて彼の理論は日の目を見る。当然、世の中理論どおりには動かない。彼は自分の理論とままならない現実とを見比べて、適当に折り合いをつけて最善の策を模索するようになるだろう。自分で責任を取れる立場になってはじめて、他人には理解されにくい専門知識を生かすことができるのだ。

政治の世界も同じことだ。学者上がりの大臣は時折突拍子もないことを言うかもしれないが、そこは政治家の副大臣と官僚の次官がいさめればいいし、だめでも閣議は通らないだろう。理論から導かれる最善の策と、現実的に可能な策とを真正面からぶつけて最良の妥協策を得るには、専門家は高い地位にいたほうがいいのだ。

「民間人は責任を取れない」

日本でどうして民間の専門家があまり活用されないのかはよく分からない。民間人は責任を取れないとか、財界から人材を招いたら汚職が心配とか言う意見も分からないではないが、あまり本質的なものだとは思えない。

大体、議員になったところで、失政の責任など取れるはずも無い。もし経済政策に失敗して十万単位で失業者を作り、千人単位で自殺者が出たとして、時の大臣はどう責任を取れるというのだろう。辞職すれば良いのだろうか?保険金の受取人を国にして自殺するのか?そんなもの何の解決にもなりはしない。責任は国民一人一人に分配するしかないのだ。

では国民に選ばれることが重要なのだろうか。それでは首相が権力を持つ理由が分からない。小泉首相は神奈川県民にしか選ばれていない。国会議員が自分でふさわしいと思える人物を選び、選んだ首相がダメ人間なら次の選挙で不利になる。それだけのことだ。民間出身の大臣はそうやって選ばれた首相が自らの「責任」で閣僚を選び、その大臣がヘボかったら首相の座が危うくなる。プロセスがちょっと増えただけで、本質的には同じなのだ。

身軽な専門家がもたらすもの

例え責任問題が残ったとしても、専門家を組織に入れる利益は大きい。スティグリッツ氏はIMFをくそみそにけなしまくって世銀を追われ、今はコロンビア大学の教授だ。彼のような専門家が世銀とIMF内部に深く関わって初めて、あのような批判が可能になった。もし彼が経済学者で無かったならあれほどの批判は出来なかっただろうし、もし辞めた後の職のあてが無かったらやっぱり批判はしにくかっただろう(どうもかなりアツい人物のようなので、スティグリッツ氏はそれでも批判しただろうが)。

「ここを追われても俺はいくらでもやっていける」という余裕は他の議員から見れば憎たらしいことだろうし、非難したくなるのは分かるのだが、一方でそれは自浄作用にもなれば政策立案に思い切りを生むことにもなるはずだ。もしどこかの財界人が大臣に就任し、何らかの理由で失敗して辞任したとする。その後彼が年収2億でどこかの社長に返り咲いてもいいではないか。別に彼が個人的に不幸になったところで問題は何も解決しないのだから。重要なのは優秀な専門家を何人も国家運営に参画させることなのだ。

大臣竹中平蔵氏の拓いた道

竹中氏は参院議員になる。「開拓者」としての竹中氏は敗北したといえるかもしれない(大臣としてはむしろ十分に成功している、という事は「大臣竹中平蔵氏の勝利と敗北」で書いた)。だが、少なくとも彼の作った前例は残り続ける。いつか生まれるであろう次の専門家大臣には、竹中氏が受けたような不毛な非難が投げかけられないよう祈りたい。

(この記事は「大臣竹中平蔵氏の男気成分」「大臣竹中平蔵氏の勝利と敗北」の続編にあたります。よろしければそちらもどうぞ)

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Comments

非常に興味深く拝見しました。

まず、「大臣の責任論」については、私の意見はトラックバックいただいた私の文章に書いてある通りです。これについてはここで繰り返しません。馬車馬さんの意見と私の意見、どちらがどうかは読む側にお任せしていいのではないかと思います。

今日私が1つコメントしたいのは、「専門家」ということについてです。

「専門家」ということで言えば、「政治」というものも非常に高度な専門的な技術を要することだということです。

「政治」の高度な専門性とは、1つの政策を法律になるまで仕上げていく技術です。いろいろな人が持ついろいろな意見や要望を取りまとめ、落としどころを探る。この技術を持つには、人脈、資金力、コミュニケーション能力、調整力、もちろん政策に対する専門的な知識。。。いろんな能力を合わせ持つ必要があります。

政策に対する専門性の大切さは理解します。しかし、政治家も非常に高度な専門性を必要とする仕事であることを1つ指摘しておきたいと思います。

Posted by: かみぽこ | July 09, 2004 at 08:27 AM

かみぽこさん、コメントありがとうございます。

政治家や官僚も高度な専門性を持っているというご意見、ごもっともだと思います。

ご指摘の通り、政策が形になるには、いわゆる「妥協」が欠かせません。妥協とは、色々な意見や利害関係を摺り合わせながら譲れるところは譲り、譲れないところは守り通す作業です。つまり、妥協とはその政策の本質を削りだす高度な作業と言えると思います。

私は政治家や官僚は政策の決定プロセスの専門家だと思っています。彼らはご指摘の通り効率的な妥協の仕方については高い専門知識を持っているでしょうが、守るべき政策の本質を見極めるという点では、私が本文で書いた「専門家」には一歩譲るのではないかと思うのです。(とくに根拠があって書いているわけではないので、このあたり官僚の方の自己評価を伺いたいところですが)

ですから、ただひたすらに本質を追求する学者と、学者の持つアイデアの原石を美しくカットできる政治家や官僚とが対等にぶつかり合える状況を作ることが、国家運営には一番望ましいのではないかなぁと思ったわけです。

原理的な民主主義の考え方では「本質がなにか」は政治家が決めるべき話だとは思うのですが、民主主義の成立以後政治家がそういう形で機能した事はないように思います。歴史的には、いわゆる「在野の賢者」が果たしてきた役割は馬鹿にならないのではないかと。そう思ったわけです。

考えさせられるコメントをありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。

Posted by: 馬車馬 | July 09, 2004 at 09:11 AM

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Tracked on July 24, 2004 at 10:02 PM

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