経済学を学ぶ意味：麻雀と経済学

経済学をなぜ学ぶのか、何の役に立つのかと聞かれる事は結構多い。他の社会科学系の学問よりも多分ずっと多いのではないだろうか。もっとストレートに言えば、役立たずとののしられることも一番多いような気がする。筆者の被害妄想だろうか？

経済学は世の中のあらゆる資源（人的資源を含む）をいかに効率よく使うかを考える学問だ。つまり、経済学者は何らかの形で「最も効率の良いやり方」を提案しなければならない。ただし、世の中の全ての要素を計算に入れることは人智を越えているので、もっとも影響の大きそうな要素をいくつかピックアップして、最適なやり方を提案することになる。

だから、あらゆる経済理論には誤差が伴う。実行しても必ずしもうまく行くとは限らない。「この前提条件では必ずこうなります」と言う事は出来るが、前提条件で想定していなかった事態が起これば全てパーになってしまうこともある。別にそれは理論が間違っていたわけではなく、単に前提条件が食い違ってしまっただけのことなのだが、ほとんどの人にとってはその差はどうでもいいことなので、ひっくるめて「経済学は使えない」ということになってしまう。

しかし、この問題は物理学その他の自然科学でも当たり前に存在する問題なのだ。世の中の物理法則を実際にテストしてみて、100%理論どおりの結果が出る事はほとんど無いはずだ。熱伝導方程式を試すときでも、もしその金属に微量の不純物が混ざっていれば計測値は微妙に誤差が出るはずだし、真空では羽毛と鉄球は同じスピードで落ちるとしたガリレオの法則にしても、真空にしきれなかったり、手を離すタイミングが微妙にずれてしまえば同時に落下はしない。

それでも自然科学の場合は何千回何万回と追試を重ねて、誤差が生じた回数が圧倒的に少なければ問題なし、というやり方が出来る。ところが経済学は追試がきかない。経済はいつも変化し続けている以上、2度目はありえないのだ。

では、誤差が残ってしまい追試が出来ない経済学は意味が無いのだろうか？これについては色々な答えがあるのだろうが、筆者が一番気に入っているのは京都大学の梶井教授のものだ。彼は阿佐田哲也の「麻雀放浪記」の一節を紹介して、

「やるからには、私なりの方法論を持ちたかった。勝つか負けるか、結果は分からない。ただ、セオリィを作ればそれに賭けられる。負けたところであきらめもつく」からだ。なぜセオリィ（理論）を研究するのかと尋ねられると、私もこのように答えるようにしている。

（戦略的思考とは何か　中公新書1658　p195）

この話、マーケットの世界に生きる者にとっても色々と示唆的だと思うのだが、その話は次回。

なお、この梶井厚志氏の「戦略的思考とは何か」という本はゲーム理論の解説書。ゲーム理論に興味はあるが勉強した事はない、という人はまずこの本をどうぞ。梶井氏は研究者としても一流なのだがどうやら文才にも恵まれているようで、文章は軽妙ですごく読みやすい。電車の中ですぐ読めてしまうはずだ。ただし、W杯サッカーのチケットの話など時事ネタもかなり入っているので、賞味期限が短め。興味のある方はお早めに。