今週のThe Economist：イギリスの教育問題「選ばれるのは一握り」

原題：British education - Few are chosen(2004.7/3)

職場においてあった今週のEconomistをつらつらと読んでいたら、笑ってしまうくらい日本と同じようなことが書いてあったので少し紹介したい。

1970年代にイギリスの教育制度は大幅に変わった。以前は11歳で生徒を能力別にクラス分けしていたのだが、階級差別を助長するということでこれを廃止。公立学校の入試も一部の例外を除いて廃止された。平等であることが教育にとって最も大切であるとされたのだ。

ある種の専門学校（芸術やスポーツ、IT関係など）は、入学希望者から10%足らずの合格者を選ぶときに、「適性aptitude」のあるものに「優先権priority」を与える、という表現をせねばならない。「能力ability」と「選抜selection」という言葉は共に禁句なのだ。（このあたり、順位をつけないために手をつないだまま徒競走をやらせる日本のどこかの小学校と発想が大差ない。）しかも、このような選抜－いやいや適性検査はスポーツなどの専門分野で行われているだけで、勉強の分野で行われる事はほとんどない。

いくら教育は平等たるべきと言われても、自分の子供だけは他の子供より優れた教育を受けさせたいと思うのは当然の親心であって、その改革以後イギリスでは私立学校が大流行。先生と生徒の質の差も公立校とは比べ物にならないほど拡大してしまった。例えば、私立学校の物理の教師のうち約80%が物理学の学士号を持っているのに対し、公立学校ではわずかに32%しかいない。

いくらなんでもこれはいかんということでブレア首相が改革に乗り出したわけだが、まだなかなかうまくは行っていないようだ。労働党は私立校と公立校を連携させて私立校の優秀な教師に公立校でも特別授業を持ってもらったりすることを考えているが、当然のことながら私立校は乗り気ではない。

保守党は公立校に改めて入試を課したり（要するに昔の制度に戻す）、私学助成の拡大を提案しているが、私学助成の額が政治的な理由で変動する恐れがあったり（経営上のリスクが生じる）、助成を受けるためにはいくつもの規制を守らねばならなかったりしてこれもそれほど人気が無い。

ただまあ、状況こそ日本に似ているものの、政策論議それ自体は日本に比べ随分進んでいるようだ。

面白いのは、イギリスの教育制度がうまく機能していない事は十分に認識されているにもかかわらず、保守党労働党を問わずその教育改革が「エリート主義的である」ことを気に病んでいるということだ。労働党はそもそもそういう政党なので当然かもしれないが、保守党ですら先の反エリート主義的な教育改革を実行したのがサッチャー教育相(当時)だったこともあって、随分腰が引けているらしい。

この記事は保守党に対して「エリート主義に対するコンプレックスはもう捨てたほうがいい」と書いて結んでいるのだが、これだけ反エリート主義的な教育制度の失敗が明らかになっても、反エリート主義それ自体はちゃんと生き残っているというのは面白い。

それに比べると、日本ではこの手の教育問題があまり「議論」されない。１０年前は学力低下の問題はごく一部の大学教授が指摘していただけで、世論の大半はそれを無視していた。それがある時期（週休2日制導入前後?）からがらりと逆転し、今度はゆとり教育がどこかにすっとんでしまった。突然世論の集中砲火にさらされた文部科学省は随分面食らったのではないだろうか。

筆者の記憶では、ゆとり教育派と学力重視派がせめぎあって議論を戦わせた時期はほとんど無い。あっても非常に短い期間だろう。ある日突然学力重視派が逆転し、ゆとり教育派はいなくなってしまったか、うつむいて口の中でごにょごにょ言うだけになってしまった。これでは、ゆとり教育を支えていた考え方（イギリスと同じものではないにせよ、反エリート主義的な思想）は何だったんだよ、と思えてしまう。

イギリスの教育問題の根底にあるのはエリート主義と反エリート主義の対立だ。

日本の教育問題にあったせめぎあいは、実はエリート主義とそれに対する反感、またはもっと極端に言ってしまえば「エリート」（日本にイギリス的な意味でのエリートがいるとは思えないのだが）とそれに対する反感に過ぎなかったのではないだろうか。これでは議論にならないのは当たり前だ。ぶつかっていたのは主義主張ではなく、感情だったんだから。

教育問題に限らず、日本で政策論議が盛り上がらない理由のひとつはこの辺にあるのかもしれない。世論に占める感情の成分が多すぎるのだ。感情は状況次第でうつろうものだし、周りの感情にも流されやすい。いつもみんなでわーっと右へ左へと動くので、いつも一方向の意見だけが取り上げられ、逆の意見は「叩かれる」－反論されるのではなく。Economistの記事からは随分脱線したが、記事を読みながらそんな事を考えていた。

ついでだと思っていくつかの政党の参院選の公約（教育関連）をチェックしてみた。自民党は人間力の向上とか意味不明な事が書いてあるだけ。やる気なさそうだ。民主党は、“「学校5日制」や学力低下問題などに関する親の不安解消”をうたっていたりして自民党に比べるとぐっと具体的（まぁ、どうやって学力低下を食い止めるのかは何も書いていないので、あくまでも比較の問題だが）。だが、どうせまた５日後には「全面放棄宣言」が出るのかと思うと萎える。

かの美濃部都知事を輩出した社民党のページに行ったら、公約よりも上に「頑張れ社民党　カンパのお願い」のリンクが張ってあるのを見て思わずほろりとした。そういえばこの党は今年の冬を越せるかどうかも怪しいくらい金が無いんだった。それはさておき公約を読むと、「学校は競争するためにあるのではありません」。素晴らしい。日本の反エリート主義はこんなところに生き残っていた。来年には社民党と枕を並べて飢え死にしているかもしれないが。