右翼と左翼、論理と感情
もしかしたら「平和主義を唱える人々へ」の記事でもうばれているのかもしれないのだが、筆者は考え方が少し右よりだ。10年位前からずっと右寄りで、何かしゃべるたびに「言ってる事は分かるけどちょっとねー」という微妙な苦笑いをされることが多かった。
性格が若干ひねくれ気味で、他人と少し違う意見を完璧に論理武装してしゃべることに喜びを見出していたクチなので(←暗いっすね)、そういう微妙な反応自体はむしろ望むところだったのだが、最近どうも様子が変わってきた。ちょっと過激な軍拡ネタを出したら熱心に賛成されてしまったり、挙句の果てにはもっと過激な意見を出されてしまったり。ひねくれもんとしてはちょっとしょんぼりな状況なのだが、やっぱり日本の右傾化は進んでいるんだなぁと実感する。
ただ、自分が右よりなくせに、昨今の世の中の右傾化には納得できないところが多い。感情の成分が多すぎるような気がするのだ。
左翼の人たちが(もちろん例外はある)論理的な思考に欠ける傾向があるという事は「平和主義を唱える人たちへ」で書いた。実は、左翼っぽい話をするときには、必ずしも論理的な思考は必要ない。左翼思想の根っこにはフランス革命期以来の平等・博愛といった理想主義があるからだ。人々は殺しあってはいけない、人々は平等であるべきだ、汝隣人を愛せよ。これらの言葉には反論の余地がない。ロジック以前に、価値観の問題だからだ。
本来はこれらの価値観の上に様々なロジックを乗せて初めて主張としては完成するのだが、この価値観だけでも十分見栄えがするので、ロジックをすっ飛ばして結論に至るケースが多くなる(隣人を愛せよ→全ての戦争を今すぐやめよ、とか)。やりすぎると宗教っぽくなるのだが、根っこの価値観が強烈なだけに、無理もないことだとも言える。
さて、一方右翼の人たちはどうだろう。右翼というのは定義があいまいで、もともとはフランスのジャコバン派ら左翼革命勢力に反対する保守派一般を指すものだったはずだ。だから神がかり的な国粋主義まで右翼になってしまうのだが、とりあえずここでは保守派程度の意味で考えよう。
フランス革命の当時から、保守派というのは革命に燃える若人たちに「そんなこと言っても、世の中ってのは複雑でそんなにうまくいかないんだよ」「平等だけを追求しても世の中おかしくなるよ」って感じに、彼らの理想に対するアンチテーゼを提供してきた人たちだ。
そのため、主張の根っこにある価値観が左翼よりもずっとあいまいだ。右翼の主張からロジックを全て剥ぎ取ったら、エゴイズムと現状へのあきらめくらいしか残らない。「世の中そんなうまく行くわけないじゃん」「俺は自分が儲かればそれでいいんだよ」という考え方が別に悪いとも思わないが、格好が悪い事は間違いない。心の中で思うだけにしておいた方がいい。
だから、右寄りな主張をするときには十分な理論武装が欠かせない。世の中の仕組みを学び、左翼の人たちが抱く理想をある程度までは認めながら、現実的な落しどころを探る姿勢があって初めて、我々は胸を張って議論することが出来る。右翼の感情論は見栄えが悪いことこの上ないのだ。
では、今の日本の右傾化はどれだけロジックを伴っているのだろう。別に確たる証拠があるわけではないのだが、結局大半は感情論なのではないかと筆者は疑っている。
最近マスコミでもいわゆる右寄りな報道(対中強硬路線とか)が出てきているようで、それを評価するサイトはざっと検索しただけでも結構見つかるのだが、実のところかなりのサイトが評価しているのは「強硬論をしゃべったこと」であったように見える。今までのマスコミの自主規制っぷりはすごかったし、小泉政権以前は政府もかなり低姿勢であったわけだから、現状にカタルシスを感じるのは分かる。でも、問題なのはその強硬論の中身であって、強硬論であることそれ自体は本来評価の対象ではない。
もう1つの好例が最近すっかり市民権を得た感のある「嫌韓」という言葉だ。この言葉は見事なまでに中身がない。要するに韓国は嫌いだ、うざい、うっとうしい、それだけだ。日韓を取り巻く現状認識も、今後の戦略もない。しかも嫌韓の理由は「韓国が反日だから」らしいので、主体性すらない。
主体性のなさは昨今の対中感情でも同じに見える。アジアカップの反日行動に盛り上がるのは結構だが(確かにネタとしては面白かった)、そこは日本人としては怒ったふりをしながら笑うところであって、真剣に中国に怒るところではない。
もし今の日本の右寄りな思想が中国や韓国の反日感情(や反日教育)の反作用に過ぎないというのなら、余りにも悲しすぎる。世界に冠たるニッポン国民が、なんで重慶あたりの田舎もんの反日感情にあてられなければならないのか。心底どうでもいい話ではないのか。
今中国政府は自国民の反日感情の激化に手を焼いているようだが、あれだけは将来の日本の姿になって欲しくない。そのためにも、強硬論を唱えることそれ自体に満足するのではなく、強硬論のコストとベネフィットを冷静に分析する姿勢が必要だと思うのだ。
本日のまとめ
ロジックのない左翼はそれでも見栄えがするが、ロジックのない右翼は格好が悪い。


Comments
はじめまして、おもしろく読ませていただけました。
軍事に限定すれば私は、どちらかといえば左かとも思いますが
理詰めで話をしていけば右に振れることはあれ、極左にはなれない程度です。
「嫌韓」やら「嫌中」って重慶のブーイングと大差ない低レベルなものですが、主体性がないという言葉で日頃感じていたもやもやを形にできました。
「平和主義を唱える人々へ」も以前読ませていただきました。
>いわゆる平和主義を唱える人たちは大概独善的で、人の話を聞かない。その上思考停止しているのでは、議論が成立するはずが無い。
あるあると思いつつ最近の右傾化も大差ないかなと。
(違う方向で独善だし)
どっちもかたくな過ぎで「お話」にならないのは恐いですよね。
Posted by: デイジー | August 15, 2004 at 10:44 AM
デイジーさん、はじめまして。コメントありがとうございます。
おっしゃるとおりで、ちゃんと筋が通っていれば右でも左でもいいと思うんですよね。やはり「話が通じない」というのは疲れますし、得体が知れないということでもありますから、どうも怖くなります。
しかし、左翼の人たちが独善的になるのはその強固な価値観のせいだと思っているのですが、右翼の人たちは何をよりどころにして独善的になるのでしょうね?
Posted by: 馬車馬 | August 17, 2004 at 12:05 AM
はじめまして。
そして、8月のエントリーにコメントをつけてしまって申し訳ありません。
自分のモヤモヤがこのエントリーによって解消されたのが嬉しくて…。
>もう1つの好例が最近すっかり市民権を得た感のある「嫌韓」という言葉だ。この言葉は見事なまでに中身がない。要するに韓国は嫌いだ、うざい、うっとうしい、それだけだ
本当にそうですよね、中身がない・感情的・自己中心的…。
実は私も以前はバリバリの嫌韓派だったのですが、「韓国俳優の写真を踏みつけてやった!」と声高に、得意げに主張する人をネットで見かけましてとてつもない違和感を感じました。
それから、色々サイト・Blogを回ってみてほとんどの「反韓国・中国」を名乗っているサイトは「韓国・中国がうざい・嫌いだ・うっとうしい」としか主張していないことに気づいたのです。
論理もなく今後の展望や政治になんてほとんど無関心。これが今、ネット内だけとは言え、大多数が何の異常を感じることもなく受け入れ、まるで知識人のように振舞っている。
思うに、こういった“ネット右翼かぶれ”が独善的に振舞うのは「自分たちだけが真実を知っている、他の連中はマスコミの報道を違和感なく受けているバカばかりだ」というあまりにも独りよがりな優越感が働いているのではないでしょうか。
実際に活動している右翼団体の中にもこういった独りよがりな思考で活動している人が少なくはないと思います。もちろん、きちんとした論理を持ち活動している人も多くいるとは思いますが…。
私は現在、高校3年生で「日本は加害者だ」という前提の下、戦争・政治を学んできた人間です。
ネットで調べて教科書とは全く違う事実を知りました。
まだまだ稚拙で知らないことも多くあると思いますがこれから多くのことを学んでいきたいなと思っています。
「嫌韓」がそういったキッカケになったのも事実でその意味では良かったとは思っていますが、「嫌韓」サイトが全肯定されている今の状況は疑問に感じています。
読みにくく、また右翼とは話が逸れ、長い自分語りのコメントで申し訳ありません。
これからも更新を楽しみにしています。
Posted by: 秋野 | November 28, 2005 at 08:15 PM
何事も、思考停止してしまってはつまらないですよね。
秋野さん、はじめまして。コメントありがとうございます&リプライが遅れてすみません。昔書いたエントリーにコメントが頂けるというのはうれしいですね。なにかを蓄積できている感じがして。
秋野さんが指摘されている件には私も同感です。いくつも理由はあると思うのですが、ひとつはいわゆる「知識人」の退潮があるように思います。左翼側の人がまっとうな議論を構築できなくなってしまっていることはこのブログでも何度か書いていますが、右翼側にしても履歴を読むと文学上がりの人が多いんですよね。結局、こういう人たちは観念を語ることは出来ても、政治や経済、軍事の諸問題をシステマティックに分析する訓練を積んでいません。そして、観念的な意見というのは本文でも書いたとおり独善的なものに過ぎません。
本当は、こういう「堕ちた知識人」に代わる「ネオリベラル」や「ネオコンサーバティブ(アメリカのネオコンとは違う在り様で)」が求められているのだと思います。秋野さんがどういった方向の考え方にシンパシーを感じられるにせよ、社会を分析する「思考のフレームワーク」を身に着けて頂きたいな、と書くとあまりにも偉そうですが。手前味噌的には、経済学とゲーム理論をお勧めします(笑)。汎用性の高さではピカイチですよ(このブログで書いてる内容は、ほとんどが大学1年生レベルの経済学とゲーム理論の応用です)。
・・・それにしても、高校3年生ですか。いいですねぇ(遠い目)。←たった今3か月分くらい老けました。
Posted by: 馬車馬 | December 04, 2005 at 11:44 PM
ttp://www7.vis.ne.jp/~t-job/
ttp://taknews.net/
古いエントリーへのコメントですが、ご容赦ください。
上のHP・ブログは左寄りの人が運営しているものですが、論理の破綻などは見られません。
むしろ郵政民営化・靖国参拝に対して、とてもていねいな批判ができていると感じます。
もちろん、馬車車さんが「左翼の人たちは論理的でない」と言ってるわけでないのはわかっています。
ただ、左翼の人たちは独善的~などの文章がどうしても気になって、書き込んだしだいです。
お気を悪くされてしまったらすみません。
それと、いつも更新を楽しみにしています。
これからもがんばってください。
Posted by: 泉屋さん | January 09, 2006 at 09:33 AM
泉屋さん、コメントありがとうございます。リプライが遅れてごめんなさい。
もちろん、左翼の人がみんな独善的だとは思ってません。もしその辺りの表現がお気に触ったのであればこちらこそお詫びします。リベラル系であれば、なんといってもfinalventさんが大御所として鎮座されているわけですし(あの人はすごいと思います)。
このエントリーでは、独善的になろうとしたときに圧倒的にやりやすいのは左翼で、右翼が独善的になるとすぐ馬脚を現してしまう、ということを書きたかったわけです。
Posted by: 馬車馬 | January 14, 2006 at 10:54 PM