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今週のThe Economist: サルをヒトにしたもの

原題:Economics Focus: The evolution of everyday life (August 14th, 2004)

なぜヒトが地面を歩くサルからこれだけの大文明を築くことができたのか、というのは理系から文系まで大人気のネタだ。ただ、経済学の分野からこういう話が出てくるとは思わなかった。

この記事はトゥールーズ大学のシーブライト教授が書いた”The Company of Strangers”という本の紹介だ。シーブライト教授によれば、ヒトがこれだけの大文明を築くことが出来たのは、ヒトが「協力」することが出来たからだという。

高度な文明が成立するために不可欠な要素のひとつは社会の分業だ。いくら天才がひとりいても、彼が新しいものを発明し、生産し、販売して経理を管理していたらとてもとても発明ばかりしているわけにはいかない。しかも、発明の天才が販売の天才であるとは限らないから、結局その天才は世に出ることすら出来ないかもしれない。だから、発明、生産、販売、管理をそれぞれ専門家が担当することで、それぞれが自分の専門分野に特化することが出来、より高度な文明へと発展することが出来るようになったわけだ。

ただ、問題はこの分業は必ずしも簡単なことではないということだ。最終的に上がってきた利益をどう分配するか?誰かが売上を持ち逃げしたら?誰かがまるで働こうとしなかったら?せっかくの分業体制はもろくも崩れ去ってしまう。分業に裏切りはつきものなのだ。


一方、自然界でもある種の分業はそれほど珍しいことではない。例えばワニは口の中に鳥が入ってきてもそのまま食べてしまう事はせず、口をぱかっと開けて歯の間に挟まった残りかすをついばませている。ハチも女王蜂やら働き蜂やら、高度に分業が進んでいたりする。

じゃぁ蜂だって高度な文明を築けたはずじゃん、と思う人もいるだろう。ただ、シーブライト教授によれば、自然界の分業は蜂のように家族の中で行われるか、ワニと鳥のように違う種の間で行われるケースが多いのだという。

家族であれば、全員が「子孫を残す」という強烈な意思の下にあるので、上の例とは違って誰かが裏切るということはない。ワニと鳥の場合、お互いが必要とするものが全く違うので、利益の奪い合いのような事は起こりえない。

しかし、ヒトの場合はそれほど多産でもないので家族の中だけで分業する事は難しい。それに同じものを食べ、似たような場所に住みたがり、同種の雌を奪い合う必要があったりするので、ワニと鳥のような微笑ましい共生関係はほとんど期待できない。


平和主義を唱える人たちへ」でも書いたが、協力というのは実はものすごく難しく、高度な仕組みなのだ。他人と協力することは、他人に裏切られる恐怖におびえることと表裏一体だ。だから、裏切られないようにルールを設け、ルールを破った者には罰を与える(上の例で行けば、売上持ち逃げしたらムチ打ち100回とか)。

ただし、このルールがちゃんと機能するためには必要なものが2つある。

1つは、ルールを破ったら自分がどんな目にあわされるのか正確に予想できる論理的な想像力。7歩で忘れるニワトリ頭ではルールを理解することも覚えることも出来ないので、協力体制が機能する事はない。犬もしつけは出来るが、過去にやらかした失敗を間違っていると教えることは出来ても、将来の「裏切り」を未然に防ぐようしつける事は難しいので、もう少し高度な頭脳が必要だろう。

2つ目はちょっと複雑だ。もしヒトが極めて高度な論理的思考が出来てしまうと、実は逆にルールが機能しなくなってしまう。例えば、販売の専門家(要するに営業)が売上金100万円を持ち逃げしたとしよう。他のメンバーは当然彼をふんじばってムチ打ちの刑に処するわけだが、どこかに逃げ去った彼を見つけるのに200万円かかるとするなら、持ち去られた100万円は忘れて本業に精を出したほうが合理的だ。

すると裏切り者は彼らの行動を正確に予想し、199万円までなら持ち逃げしても安全だと考えるようになる。つまり、処罰という脅しで協力関係を維持しようとしても、脅しにコストがかかりすぎる場合はこの脅しは無効になってしまうのだ。


そこでシーブライト教授は、ヒトが分業体制(協力関係)を確立できたのは、裏切りに対しては理屈ぬきで報復したり、受けた恩には損得勘定抜きで報いる気質があったからだ、と主張している。例えどれだけの苦難が待ち構えていようと、地獄の果てまで追いかけてカタキを取る執念深さがあれば、上のような確信犯の発生を抑えることが出来るわけだ。

つまり、協力関係を作るには論理的でなければならないが、いざというときには「キレて」しまい、理屈ぬきで報復に走ってしまう程度には非論理的でなければならない、ということだ。ヒトが築き上げたこの非常に高度に専門化された文明は、この合理と非合理の微妙なバランスが欠かせなかったのである。


基本的に、このような「ロジックの外側」に経済学はあまり注目しない。というより、無理やりにでも論理的に解釈できる範囲内で分析をしようとする。しかし、その結果として経済学は「論理的に解釈できる限界」について、他の社会科学よりも多くの知識を持っている。だからこそ、こういう「非論理性」を説得力を持って扱うことが出来るのだ。

「経済学が仮定するほどヒトは合理的に動かない」という批判は頻繁に聞くのだが、この研究はそれに対するひとつの答えになるだろう。経済学は、ヒトの合理性だけを集中的に研究することで、ヒトの非合理性を研究することをも可能にしたのだ。


本日のまとめ

報恩と報復への執念が文明社会を作り上げた。

人間の合理性に注目する経済学は、結果として人間の非合理性も分析できるようになった。

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Comments

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