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論理の嫌いな日本人(1) 議論が報道されない国

先日、イギリスで経済学の修士を取って帰国した友人と飲む機会があった。色々と面白い話が聞けたのだが、特に面白かったのはイギリスのテレビの話だ。

彼が言っていたのは、イギリスのテレビというのはやたらと討論が多いということだ。政治でも、社会ネタでも、サッカーであっても、2~4人くらい集めてああでもないこうでもないと議論をする。筆者自身イギリスで修士を取ったクチなので、その時は4人くらいで議論をするというスタイルをテレビでよく見た気がする(筆者の寮にはテレビがなかったので、ほとんど見る機会はなかったのだが)。

そこでBBCのホームページを見ていたら、Daily Politicsという番組があった。毎日政治の話をするのかよと思ったら、週3回平日の昼間に放映されるもののようだ。最新回がウェブ上で公開されているので見てみたら、なるほど硬派な番組だ。昨日筆者が見たときは、保守党党大会スペシャルと銘打っていて、中継映像を入れながら、閣僚経験者や下院議員を呼んで保守党の政策やイラク関連の外交の話などをしていた。イギリスの政治は良く分からないし、筆者の英語も大したことがないので、議論のレベルを正確に測る事は出来ないが、なかなか硬派なつくりになっていた事は間違いない。

こんな番組が週に3回、各1時間も放映されているというのは日本では考えられない。大体、ざっとタイムテーブルを見ていても、討論系の番組は他にもたくさんある。視聴率がどうなっているのか非常に気になるところだ。

一方で日本の討論番組といえば、だれもが思い浮かべるのだが「朝まで生討論」だろう。というか、他にないような気もする。だが、あれはどう考えても討論番組ではない。少なくとも議論を楽しむ番組ではない。あれはエラいヒョウロンカの方々を集めて、彼らが口角泡を飛ばして怒鳴ったり机を叩いたりして、やり込めたりやり込められたりするのを楽しむエンターテインメントだ。失礼ながら、あれを見ていると子供の頃に動物園で見たサル山の猿のけんかを思い出す。

大体、マジメに討論をさせるつもりなら10人以上も集めるわけがないし、しゃべりたがりの田原総一郎氏をコーディネイターに据えるはずもない。収拾がつかなくなることぐらい馬鹿でも分かる。

この傾向は他の番組でも変わらない。昔NHKが高校生ばかり集めて議論をさせる番組を深夜にやっていたが、あれだって議論の質に期待して番組を見る視聴者は皆無だろう。純粋に野球を楽しむために甲子園を見る人がほとんどいないのと同じだ。あの興行のウリは、高校球児が無駄にヘッドスライディングしたり全力ダッシュで守備についたり、肩に爆弾を抱えながらも青春のために連投し続ける健気さを「暖かく」見守るところにあるのであって、別に彼らに磨きぬかれた美技を期待しているわけではない。彼らの犯す凡ミスも含めてエンターテインメントだ。高校生の議論番組も、その無知から来る青臭さこそが番組のウリであって、まさか彼らの「議論」から青臭い純粋さ以外のものを期待しているわけでもあるまい。


もちろん、ここで日英を比べて、「だから日本のマスコミはダメなんだ」とくさすつもりは全くない。日本の討論番組がこのような形になったのは、普通に討論させてもウケないことが分かりきっているからだろう。視聴者は小難しい議論に興味などない。だから討論番組はエンターテインメントで味付けして、深夜枠に飛ばすしかないのだ。

真実を追えないジャーナリスト」で紹介した「むなぐるま」というブログの最近の記事では、(印象操作と取られかねないような偏った記事を書かないで)『事実だけ淡々と書くのがジャーナリズムの仕事じゃないんだろうか。最後の判断は読者がすればいいのだから。』と書かれている。筆者個人はこのようなジャーナリズムがもっとも好ましいとは思うのだが、このような討論番組の差異を見ていると、多くの視聴者は最後の判断を自分で考えるつもりがないのではないかと思えてくる。

真実を追えないジャーナリスト」で書いたように、これが単に無関心によるものなら構わない。だれだって、全てのことに関心など持ってはいられない。しかし、日本人が自分の興味分野ですら論理の積み重ねを好まないのではないか、と思うことがある。

こう考えるひとつの理由は筆者自身の経験にある。日本の投資家にかなりはっきりと見られるのが、「買いか、売りか」という投資判断だけに興味を持ち、なぜそのような結論に至ったのかにはあまり興味を示さないという傾向だ。筆者は海外の投資家をそれほど多く知っているわけではないが、特に日本人にその傾向が強い気がする(市場構造の違いもあるし、筆者が働いていた頃はまだバブル期の生き残りが窓際に追いやられる前だったので、単純な比較はできないのだが)。

更に踏み込んで書くと、このような報道のスタイルの違いを見ても、筆者の経験からも、そして最近あちこちのブログで展開されている様々な論争を見ても、どうやら日本人というのは平均的には論理立ててものを考えるのがよくよく嫌いなのではないかと思うことがある。

その辺り、日本人の議論の仕方については次回。

本日のまとめ

イギリスのテレビには討論番組が多いが、日本の討論番組はエンターテインメントで味付けしないと視聴者から受け入れられない。

日本人はあまりモノを考えたくないのだろうか。

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Comments

こんにちは~馬車馬さん。
台風には困りましたね・・・大丈夫でしたか?

>「買いか、売りか」という投資判断だけに興味を持ち、なぜそのような結論に至ったのかにはあまり興味を示さないという
傾向だ。

猜疑心が強い割りには、その様な御人が少なくないですよね。
脱線しますが、彼らは何時の時代にもシゴトにされてしまうのが世の常ですね。バブルに限らず。
悪銭身につかず・・・善銭(欲に塗れた)は更に身につかず。

>日本人はあまりモノを考えたくないのだろうか。

思考停止・・・もったいないですよね。
出来の良い悪いに関係なく、ペテンを廻すはロハなのに・・・

相変わらず、趣旨から逸脱したコメントでした・・・(笑い)

Posted by: 次郎 | October 11, 2004 at 01:29 PM

嵐の時には引きこもっているに限ります(笑)。

確かに、そういう人に限って猜疑心が強かったような。考えのプロセスが分からず(分かろうとせず)、信じるか信じないかの選択肢しかないからそうなってしまうのでしょうかね?

>出来の良い悪いに関係なく、ペテンを廻すはロハなのに・・・

心の底から賛同します。ほんと、もったいないなぁと思いますね。

Posted by: 馬車馬 | October 12, 2004 at 10:51 PM

ご無沙汰です。おもしろいです。

「朝まで生テレビ」の話で言えば、田原氏がかつてこんなようなことを言ってたように記憶してます。

「なぜ朝までやるのか。それは長時間議論することで、論客の知識の限界が見えるから。短い時間なら知識の不足をごまかせるが、長時間になるとごまかせない。論客の実力がわかる。」

つまり、田原氏はこの番組で最初から論客たちの議論のロジックを競わせる気はないということですよね。

論客同士に知識のひけらかし合いをさせて、どっちがよく知ってるかを視聴者に見せたいということなのですから。

Posted by: かみぽこ | October 15, 2004 at 09:18 PM

かみぽこさん、お久しぶりです。いただいたコメント、最新記事の本文に引用させていただきました。

なるほど、知識のひけらかしあいを最初から企図しているわけですね・・・不毛になるわけです。まぁ、そうすることで放送時間いっぱい泥仕合を演出できるわけで、テレビ朝日としては合理的な演出戦略なのかもしれません。途中で双方が合意に達して「いやぁ、いい議論でした」とやっても、視聴者側は面白くないでしょうから・・・

Posted by: 馬車馬 | October 18, 2004 at 02:24 AM

あ、ただ、私は「朝生」の議論を100%無価値だと思っているわけではありません。たまに「いいこと言うなぁ」と思うことはあるのです。しかし、その意見が別の人の怒声であっさり議論から流されてしまうたびに「そこを議論しないでどうするんだ」「田原ちゃんとまとめろよ」とフラストレーションばかり溜まっていくので、もうここ5年くらい見ていないのですが。

Posted by: 馬車馬 | October 18, 2004 at 11:44 AM

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