貿易黒字のチキンレース
本当は中国経済のことを書こうと思って色々と準備していたのだが、円ドルレートがえらいことになっているので、とりあえずこちらを先に書いておこう。
要するに、19日のグリーンスパン議長の「財政赤字を削減して貿易赤字を減らさなければ、将来的にドルが暴落しますよ(ものすごい意訳)」というコメントを受けて各方面で慌てている人が続出、という構図のようだ。どうも違和感があるのは、このコメントに対する反応が日本では結局介入をいつするのか、アメリカ様がお許しになるのかという点だけに集中してしまっているように見えることだ。
貿易黒字と介入と世界経済のバランスの話をちゃんと書いている記事はとうとう見つからなかったので、正直今更という気もするのだが、その辺りのことを書いてみることにしたい。
アメリカに喜んでお金を貸す国々
為替レートをドル高(円安)な水準に固定すると、アメリカは安く輸入品が買えるようになる(1ドル100円から150円になれば、日本製品はドルベースでは100÷150で3分の2に値下がりする)。当然アメリカの消費者は安い輸入品を買いまくる。諸国は大量に輸出が出来て経済は潤う。「今週のThe Economist:世界が望むブッシュ再選」でも書いた話だが、こういう形でアメリカは今世界経済を牽引しているわけだ。
では、この構図は安定的なのだろうか?アメリカは今後もずっと世界経済の機関車であり続けるのだろうか?明らかに答えはノーだ。「世界が望むブッシュ再選」でも書いた話だが、貿易赤字とは所得以上に消費をすることであり、所得以上に消費をするということはそれだけ外国から借金をしているということだ。永久に借金をし続けることは出来ない以上、このまま行けばどこかで必ずアメリカ経済は破産する。グリーンスパン議長が指摘するとおりだ。
じゃぁ、いつ破綻するのか?というのが当然出てくる疑問なのだが、これが難しい。どれだけアメリカが借金を積み重ねようと、世界のどこかに貸し手がいる限りアメリカは絶対に破産しない。そして、現状どの国もアメリカに貸す気満々だ。アメリカに資金を提供しなければ、輸出に頼りきりの発展途上国経済は立ち行かなくなってしまうのだから。
もちろん、民間企業はそんなマクロな事情は知ったことではないので、「これ以上はアメリカには貸せないな」と思えばそこで対米貸付をストップする。すると、「世界が望むブッシュ再選」で紹介した式のバランスが崩れる。
対外貸付額<貿易黒字
またはアメリカにとっては、
外国からの借入額<貿易赤字
となるわけだ。当然、こんな状況はありえない。アメリカは十分な借金が出来なければ輸入は出来ないから、貿易赤字は減少する。言い方を換えると、貿易赤字が借入額に見合った水準に減るまでドル安が進むことになる。
実際、日本でも過去5年ほど貿易黒字はずっと増加しているのだが、民間の対外貸付額はほとんど増えていない。その意味でも、ドル安が進む状況は整っていたわけだ。
しかし、途上国政府にとってはこれは困る(日本もだが)。今ドル安が進んで貿易黒字が減ってしまっては経済が持たない(なぜ貿易黒字がそれほど重要かは、次回中国の話で説明します)。だからこそ、彼らは介入をし続けているのだ。どういうことかというと、上の式を少し変更して
外国への貸付額=民間の対外貸付額+外貨準備増(ドル買い介入額)=貿易黒字
とする。貿易黒字が増えた分だけ、ドル買い介入(結局これは米国債を買うことになる)をしてアメリカの借金をファイナンスすれば、この式のバランスは保たれる。為替レートもドル安に進まない。だからこそ、各国政府はこぞってドル買い介入を繰り返しているのだ。
第2次ブレトンウッズ体制
ある意味、今は第2のブレトンウッズ体制と言えるだろう。ブレトンウッズ体制とは、戦後疲弊しきったヨーロッパと日本経済を救済するために、為替相場をドル高(円安)な水準に固定して、日欧経済が輸出主導の経済成長を遂げられるようにしたものだ(ものすごく大雑把な説明なので、興味のある方は各自書籍を当たっていただきたい)。
今ははっきりとした形で固定相場制を敷いているわけではないので、評論家レベルではそういう話はあまり出てきていないようだ。しかし、経済を語る上で固定相場制か変動相場制かというのはどうでもいい問題であって、どちらにしても上に書いた式は同じだ。固定相場制とは、貿易黒字や民間の対外貸付額にあわせてまめに介入し、為替レートを一定に保つということに過ぎないからだ。
今は、「救済」の対象が日欧から他の途上国に移ったというだけのことだ。為替レートが半ば人為的にドル高な水準に保たれているという点も、アメリカ経済が世界経済を牽引しているという構図も、ブレトンウッズ当時と大差ない。
ちなみに、この構図は1971年まで続いたブレトンウッズ体制よりもある意味強固だ。当時は、ドルは世界で唯一金本位制を採用していた。ドルの価値イコール金の価値であり、アメリカは当時しこたま金を溜め込んでいたので、ドルの信用はアメリカが所有する豊富な金によって保証されていたわけだ。
しかし、いくらアメリカが豊富に金を持っているといっても、その量には限りがある。そして、金本位制である以上、アメリカは自国の持つ金の量を超えて借金をすることは出来ない。ベトナム戦争その他で巨額の貿易赤字を出したアメリカは最終的にこの限界を超え、金本位制を放棄した。これがニクソンショックだ。
しかし、この第2次ブレトンウッズ体制ではこの限界がない。貿易黒字国がアメリカにお金を貸している限り、この構図は続くのだ。つまり、ドルの信用は今世界各国の貸出によって保証されている(もちろん、軍事力や高い技術力などがドルの信用の根底にある。例え宇宙人が攻めてきても、大統領が戦闘機でカミカゼアタックをかけて撃退するだろうという信頼があればこそ、アメリカにお金を貸せるのだ)。
貿易黒字のチキンレース
もちろん、この構図が永久に続くはずもないということはアメリカも、アメリカに貸している各国も当然承知している。だから、各国としてはぎりぎりまでアメリカにお金を貸して貿易黒字を伸ばし、いよいよ駄目だという時になったら真っ先にアメリカから資金を引き上げるのが理想だ。遅すぎると貸し倒れで大損をこくし、早すぎても輸出がストップして景気が持たない。
困ったことにニクソンショック当時と違って、アメリカ経済の借金の限界は誰にも分からない。だから、この各国のアメリカへの貸付(ドル買い介入)は、どこにあるか分からない岸壁に向けて加速するチキンレースの様相を呈することになる。早くブレーキを踏んだチキンは貴重な輸出主導型経済成長のチャンスを逃すことになるし、アクセルを踏みっぱなしの馬鹿はいつか必ず海にダイブして貸し倒れに泣くことになるわけだ(それが3年後のことか、10年以上先のことかは誰にも分からない)。
しかも困ったことに、誰かがブレーキを踏むと他の国も連鎖的にブレーキを踏んでしまい、まだアメリカ経済に余力があったにもかかわらず「人為的に」ドルの暴落が発生する恐れもあるからややこしい。
理想的な結末は、グリーンスパン議長の言うとおりアメリカ政府が緩やかに財政赤字を削減して軟着陸を図ることなのだが、それだと途上国の貿易黒字は確実に減少するので、彼らにとっては面白くない。とりあえずもうしばらく今のままで貿易黒字を稼がせていただき、経済が「離陸」出来てからアメリカには赤字削減に取り組んでいただきたい、というのが彼らの本音だ。
実際、まだこの問題は切羽詰った問題ではない。もしアメリカの「借金の限界」が近づいている、またはそう思われているとしたら、グリーンスパン議長は絶対に19日のような発言はしない。その発言自体が暴落のトリガーになりかねないからだ。
そう考えると、日本もとりあえず今のところ介入しないわけにもいかないよね、という結論になる。なんたって不景気だし。ただ、アメリカにとって最大の債権国である日本は、ダイブしたときの痛手が一番大きい。万が一の時のための各国の迅速な協調介入のスキーム作りは、そろそろ水面下でごにょごにょ始めていて欲しいところだ。まぁ、そうなる前にアメリカ政府が対策に乗り出すほうが早いとは思うが。
(次回に続く。)
本日のまとめ
ある意味、アメリカが巨額の輸入で世界経済を牽引するという構図はブレトンウッズ体制に近い。
アメリカに金を貸し続けることは危険だが、貸さなければ貿易黒字を維持できない。
みんながアメリカに貸し続ける限りアメリカは破綻しないが、このままではいつか破綻するということはみんな分かっている。そのタイミングが難しい。
とりあえず、アメリカの破綻は差し迫った危険ではない。
追記: ところで、上の記事から、「貿易黒字が増えると円高が進む」という俗説が間違っている、ということもご理解いただけるはずだ。貿易黒字が増えても、その分だけ対外貸付が増えなかったときに円高が進むのだ。この俗説、大学1年の授業の範囲内で否定可能なのだが、不思議と未だに根強い。
追記2: 本当は非不胎化介入についても書こうと思ったのだが、時間切れになってしまったのでまた別の機会に。まぁ、筆者が非不胎化介入に否定的なのは、「金融政策論議の不思議」でご理解いただけると思う(ただし、厳密に考えるとこれが有効な場合もあり得る)。
追記3: ついでに書くが、「日本や中国がアメリカの赤字をファイナンスしてやってるんだ」という主張が寝言でしかないことも上の記事でご理解いただけると思う。わざわざアメリカまで行って「日本政府保有の米債を売るかも」などとのたまった橋本首相は多分しゃべりながら寝ていたのだろう。


Comments
こんにちは~馬車馬さん。
>追記3 ついでに書くが、~
「寝言」を「寝言」とハッキリ言ってくれる馬車馬さんは最高ですよ。男前です。(笑)
Posted by: 三郎 | November 24, 2004 at 03:31 PM
どうもお久しぶりです。あら、またお名前が。
>「寝言」を「寝言」とハッキリ言ってくれる馬車馬さんは最高ですよ。男前です。(笑)
あはは。ありがとうございます。ネタが固めなので表現だけでもダイレクトにしようかと。それと、普段は意識して毒を抑えているのですが、たまに噴き出すんですよね。特に橋本首相のあれは聞いた当時から「物申したい」気持ちがずっとくすぶってたものですから・・・
Posted by: 馬車馬 | November 25, 2004 at 08:57 AM
こんにちは~馬車馬さん。
今日は暑いですね~
橋本発言・・・
素人がやくざにカミで金を貸すって行為がどういう事か麻布のトッチャン坊やには判らんかったようで・・・(笑)
資本主義のヒエラルキーのぶっちぎりトップ・・・いや・・西の横綱は「金を借りたら返さない輩」と麻布学校では教えなかったのですね。
うん?私の程度も知れてしまいますね・・・(笑)
Posted by: 三郎 | November 25, 2004 at 01:50 PM
極東さんのところから参りましたー。
基本的に、知識不足で腑に落ちた!
というほどに至らなかったんですが(反論があるとかならまた別の話なんですけど、ともかくそういうレベルになってなく^^)、
>「日本や中国がアメリカの赤字をファイナンスしてやってるんだ」という主張が寝言でしかない
に関してはものすごく納得いたしました、ていうか、こういうわかりやすい間違えがあると理解の手助けになります(w
一応の仕組みと、その仕組みの中でのアップダウンはわかったんですが、なんでこんな形で定着しちゃったのか。
そういうところもこちら読み進めていけばわかりますでしょうか?
Posted by: 紅玉石 | November 25, 2004 at 01:51 PM
三郎さんこそおっとこまえぇ!なコメントありがとうございます。まぁ、この業界本音むき出しのパワーゲームが本質ですし、ガチンコでそれが出来るのが醍醐味でもあるわけですから。私も根っこは三郎さんと同じだと思います。
Posted by: 馬車馬 | November 26, 2004 at 09:13 AM
紅玉石さん、はじめまして。
一応このブログは「経済に興味はあるけど経済学の知識はない」人と、「マーケットに関わる人」の2種類を想定読者として書いているので、もし紅玉石さんが理解しかねる点があるなら、私の修行不足ですね。すいません。
仕組み、というのがアメリカの輸入におんぶに抱っこ、のことを指すのであれば、戦後からずっとこうだった、というのがこの記事での答えになります(答えになってないのですが・・・すいません)。ブレトンウッズからなにも変わってないわけですから。(このあたりは次回もう少し触れる予定です)
一方で、仕組みが貿易黒字と対外貸付、為替レートの関係のことを指すのであれば、これは「みんなが少しでも多く儲けを出そうとしているから」というのが答えになります。そのような利己的な行動が経済システムを維持している、というのが経済学の基本的な理解です。
今後ともよろしくお願いします。
Posted by: 馬車馬 | November 26, 2004 at 09:23 AM