チキンレースのオッズを考える
前回の記事を読み直したらどうも尻切れトンボのような気がしてきたので、もう少し「結局、この先為替はどうなるのか」について書いてみたい(正直言って、相場の当てっこにはあまり興味がないので、筆者の予想自体はあまり気にしないで頂きたい)。
前回の記事を大雑把にまとめると、アメリカは巨額の貿易赤字をまかなうために海外から借金をする必要がある。逆に言えば、その他諸国はアメリカにモノを買ってもらうためにアメリカにお金を貸す必要がある。しかし、アメリカが借金をしすぎて返済できなくなるとみんなが考えると、一斉に借金の取立てが始まってドルが大暴落する恐れがある。でも、為替介入が続く場合、どうなるかはよくわかりませんね、ということだった。
・ベストシナリオ:アメリカが財政赤字を削減
理想的なシナリオは、アメリカが自ら消費を減らして、貿易赤字を削減することだ。特に、政府が財政支出を切り詰めるのが一番良い。そうすれば例え貿易赤字がなくならなくても、「将来的には返済の可能性はある」と判断されて通貨危機は起こらない。ただし、途上国にとっては輸出が減るので面白くない。
ただ、あのブッシュ大統領が「アメリカ経済と通貨価値の長期的な安定のために、財政支出を削減して経常収支赤字を減少させる」とか言うのだろうか。あの顔で。多分しゃべり終わる前に舌を噛む。賭けてもいい。正直、筆者の中の感性とかそういう部分がこのシナリオを否定している。
というわけでこのシナリオは没。
・シナリオ2:ドル安の緩やかな進行
もしアメリカが財政赤字削減に乗り出さず、いいペースで貿易赤字を出し続けた場合、おそらく諸国の民間部門はドル資産への投資を手控え始める。というより、日本のように貿易黒字が増えてもアメリカへの貸付を増やさない。こうするとアメリカは輸入しようにもその代金を調達できなくなるので、輸入が減る。このとき、アメリカ人が輸入を減らすまでドル安が進む(アメリカ人にとっては、輸入物価が高くなる)。要は、政府が支出を減らす代わりに消費者が減らすだけで、上のシナリオとはそれほど大きな差はない。
しかし、このシナリオが成立するのにはひとつ条件がある。それは、アメリカに輸出をしている各国が為替介入をしないこと。
ドル安が進んでアメリカが輸入を減らせば、困るのは輸出国だ。日本だって輸出が伸びているからなんとか景気が持ちこたえているわけで(輸出が減速したら早速雲行きが怪しくなったが)、ここでアメリカが輸入を減らすのは困る。こう書くと「今日本は中国にどんどん輸出してるんだからアメリカなんか大して問題ないだろ」と言われそうなのだが、結局中国がアメリカに大量の輸出をしているわけで、中国が製品をアメリカに輸出できなくなればその部品を日本から輸入する必要もなくなる。結局アメリカ様々な状況には変わりないのだ。
だから、どの輸出国も為替介入をしてドル高に誘導し、自国の対米輸出を維持する誘惑に駆られる。そこをみんなでぐっとこらえて世界経済の安定のために輸出の減少に耐えなければならないのだが、困ったことに抜け駆けをする奴がいる。中国だ。固定相場制とは、要は今の為替レートを維持するためには無限にでも介入し続けます!と宣言するのと同じなのだ。
これを放置すると、例えば日本の場合、円高ドル安が進むのと同時に円高人民元安が進み、中国へも輸出がしづらくなる。他の途上国の場合、更にお買い得になった格安中国製品がどっと国内市場に流れ込んでくる。これはたまらない。次回説明するが、金融システムの脆弱な途上国では貿易赤字は危険なのだ。となれば、途上国に残された手はドル買い介入の再開しかありえない。
というわけで、中国がドルペッグを続ける限り、各国政府も介入を続ける可能性が高く、結果としてドル安はそれほど進まない可能性が高い。
更に書くと、アメリカの側にも「ドル安OK」と言いづらい事情がある。アメリカにお金を貸すことは、ドル高に賭けることでもある。もし貸した金が満期を迎えるまでにドル安が進んでいた場合、金利収入なんぞ余裕で吹き飛ぶほどの損失を出すことになるわけだ。だから、「この先ドルが安くなりそうだ」と予想した投資家はアメリカへの貸出を控えるようになる。
そもそも、 [海外からの借入額<貿易赤字] という状況から、貿易赤字を減らして [海外からの借入額=貿易赤字] というバランスを取り戻すためにドル安が進むのだ。それなのに、ドル安が進むと更に海外からの借入額が減ってしまう。これではいたちごっこだ。だからこそ、ブッシュ大統領に限らず、歴代の大統領は基本的に「強いドル」というスローガンを堅持してきたわけだ。
そんな訳もあって、緩やかなドル安の進行というのはますます考えにくい。アメリカにとっては、だらだらドル安が進むくらいならすぱっと下げてとっとと底入れ・反発(ドル高)してくれた方がありがたい。
・シナリオ3:チキンレース続行
為替介入というのはどうも「一時しのぎの小手先の対応策」といった印象があるのだが、そうではない。民間が貸そうとしないアメリカの輸入代金を代わりに国が貸し出して、貿易黒字を維持するのが介入の本質だ。だから、各国政府が介入し続ければ、アメリカは問題なく巨額の輸入を継続できるわけだ。それを考えると、「アメリカの双子の赤字」というのはマスコミが騒ぐよりも安定的なのだ。
ある意味、これは5年位前に銀行がやっていた追い貸しに近い。あの頃、都銀は借り手企業に倒産されてしまうと困るので、利払いもままならなくなった企業に利払いの金を貸してやるというようなことをやっていた。これは問題の先送り以外の何者でもないのだが、少なくとも追い貸しを続けている間は企業は倒産しない。アメリカについても同じことが言えるわけだ。
ただし、結局アメリカが借金を膨らませていくことには変わりない。いつか必ず「さすがにアメリカはもうやばいから、輸出が減るのも覚悟でアメリカに貸すのは止めよう」と考える政府が出てくる。もしかしたら、その分の対米貸出減少は他の政府が肩代わりして、その後も何事もなく各国は輸出を続けられるかもしれない。この場合、貸し出しを止めたチキンな国は輸出減少による不景気に泣くことになる。
しかし、もしかしたらこの政府が貸し出しを止めた時に「おれもやばいと思ってたんだよ」とばかり次々と貸し出しを止める国が出てくるかもしれない。こうなると悲惨だ。最終的に全ての国が一斉に貸し出し(=介入)を止め、ドルは暴落する。チキンレースでみんな仲良く海にダイブする瞬間だ。間違いなく歴史の教科書に載るほどの恐慌になる。
いつ、何をきっかけにこうなるのかは誰にも分からない。
で、現実的なシナリオは
上で書いたように、最初の2つのシナリオは当面成立する可能性が低い。ベストシナリオは最短で4年後。シナリオ2はとりあえず中国が固定相場制を止めるか、大幅な元の切り上げを実行してから(確か「来年の夏ごろを目処になんらかの改善策を出す」と中国政府がアメリカ政府に約束した、というような記事を見たことがあるのだが、よく覚えていない)。というわけで、これらの要素に動きが出るまでは、ドル安にはベットしにくいなぁというのが筆者の感覚だ。ドルショートしたところでまた「クレージー」な介入でもされた日には泣くに泣けない。
当面はシナリオ3、その後でベストシナリオかシナリオ2に移行。そうなる前に岸壁からダイブする羽目になったら運が悪かったということであきらめる、というのが各国政府の(無意識のうちの)戦略ではないだろうか。
本日のまとめ
まさかブッシュが財政赤字削減なんて考えるとは思えない(根拠なし)。
中国の固定相場維持が続く限り、途上国はドル買い介入を止められない。
とすると、当面はチキンレースを継続して(あまりドル安は進行しない)、状況が変化したらもう一度考え直す、という辺りが落とし所?
追記:念のために書きますが、ここでのコメントはあくまでも皆さんの投資判断の参考に資するためだけのもので、この記事に基づいた投資で損失を出されても筆者は責任を負えませんのでということでよろしくお願いします。まぁ、ここまで神経質に書く必要もないと思うんですが。
履歴:「シナリオ3:チキンレース続行」の直前に3段落を追加。ちょうど極東ブログさんが似たようなネタをやってらっしゃったのでトラックバック(11月25日)。


Comments
納得、納得です(^^
馬車馬さんがいいたいこと書いてくださるので、為替関係の
エントリは紹介物で十分になってます。
ほんとはこういうことを、新聞が書いてくれるとしょうもない
騒ぎが起こらなくて、安心してみんな暮らせると思います。
それまでは、ネットで補完しましょう(^^
Posted by: ひろ | November 24, 2004 at 12:28 PM
馬車馬さんの分析にアグリーです。外為特会とこれを一時バックファイナンスした日銀の組み合わせは、対米ロンバートではないか、と思っています。以前のUFJ・ダイエーのような関係でしょうか。日本は物言わぬメーンバンクでしょうから、恐らくメーン寄せされかねません。日本政府が最大の貸し手として、かつての橋本首相のような露骨な言い方はともかく、何とか財政の健全化を促して欲しい、と願うのはやっぱり甘いですかね(笑)。
Posted by: 匿名記者 | November 25, 2004 at 02:05 AM
ひろさん、コメントありがとうございます。まぁ、新聞記事には長すぎるかもしれませんけど。週刊誌とかであればこういう記事もあったりするんでしょうかね?
ともあれ、自分の文章にわずかなりともニーズがあるというのはうれしいことです。今後ともよろしくお願いします。
Posted by: 馬車馬 | November 25, 2004 at 08:52 AM
匿名記者さん、コメントありがとうございます。
ロンバートよりは自由度が高いと信じたいところですが、むしろ中国が実質的にロンバートかもしれませんね。為替がレンジ外れそうになったら自動的に介入するわけですし。
債権者としては財政赤字何とかしろや、と言いたい所ですが、一方で輸出先としてはむしろ・・・というあたりがジレンマですよね。それに、こと国際金融の場合(というよりSovereign Debtの場合)、貸し手よりも借り手の方が立場が上になってしまうのも辛いところです。
メーン寄せはマジ勘弁、と言いたいところなのですが、実際に他国が外貨準備をドルから他通貨にシフトさせ始めたら、日本は最後までドル買いの協調介入に付き合いそうな気もします・・・これってメーン寄せ以外の何者でもないような。やだなぁ。
Posted by: 馬車馬 | November 25, 2004 at 09:13 AM
今更なコメントなのですが。
対米黒字で余ったドルの使い道として、米国債などを買う以外にも米国内の不動産や米国企業の株などを購入するという手もありますね。
レノボがIBMのパソコン部門を買収したり、といったこともそうです。
日本でも90年頃まではアメリカの不動産投資などがブームになってまして、私の父のような日本のサラリーマンも、アメリカに小さなアパートを買ったりしてました。
現在アメリカの資産のうちどの程度が外国によって所有されているかわかりませんが、以外に伸びしろが大きいのかもしれず、国債発行額が減っても別のもので吸収できるのかもしれません。
結局最終的にどうするかは、アメリカ自体の判断になってくるような気もします。
Posted by: のびい | October 09, 2005 at 07:16 PM
のびいさん:
そのあたりは結局各国の民間企業がどれだけ対米投資に活発に関われるか(リスクが取れるか、アメリカ市場で勝負をかける気があるか、などなど)にかかっていると思います。現状では民間の対米投資は盛り上がっているとはいえず、その結果として各国の外貨準備のつみあがり=米国債購入という流れが出来てしまっているわけですし。
まあLenovoにしてもすでに悲観論が出たりしていますし、この手の投資は水物なので大変でしょうね。特に対米投資の経験が浅い途上国は。こういう時に日本がファンドをがしがし作ってアジアの資金の受け皿になる(そしてアメリカに投資)というのも悪くないような気がします。日本の銀行預金と違ってリスクが取れるので、利幅が大きいかな、と。
Posted by: 馬車馬 | October 13, 2005 at 01:21 AM
不勉強ですみません。民間の方がリスクに敏感なので既に引っ込んでしまって各国政府がささえている状況なんですね。しかし対米黒字は別に政府の懐に入っているわけではないので政府は国内で国債を発行し、その金で米国債を買うということになるんでしょうか。まあそうなると、もう米中関係はある意味、もう切ってもきれない関係になってしまっているわけですね。
Posted by: のびい | October 15, 2005 at 06:54 PM
ついにドル安が来たのでしょうか。
http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20060502AT2M2900401052006.html
Posted by: のびい | May 02, 2006 at 09:23 PM
のびいさん、コメントありがとうございます。
よく見たら半年前にいただいたコメントにリプライしてませんでした。
まず上のコメントですが、おっしゃるとおりです。民間部門が海外に投資をしたがらないなら、政府がその資金を吸収して代わりに投資するしかありません。その意味では一蓮托生です。ただし、相手はあの中国ですから、日本のドル防衛の努力にfree rideして真っ先にドルを売り払う可能性も無きにしも非ずですが・・・。
現状のドル安ですが、対円で見る限りこの程度のドル安は調整というべきものだと思います。むしろ今までが動かな過ぎです。トヨタの奥田会長は政府に介入を要請とか寝言を言っていたようですが、この程度の円高は何の問題もないでしょう。上のエントリーでは主に各国政府の介入を予想して円安ホールドの予想を立てましたが、日本についてはその後景気が回復してこの介入ストーリーは消滅しつつあります。ただ、ドル安=人民元安ですから、中国製品と競合する他のアジア諸国はどこかで介入を迫られることになるとは思うのですが。
Posted by: 馬車馬 | May 10, 2006 at 07:11 PM
うーん、いまだに円高=絶対悪なんですかね・・・
でも円高なら海外からの原材料費は安くすむしガソリンだって重油だって安くあがるんです。日ごろ資源小国とか言ってるんだから誰か一人ぐらい喜んどけと。
昭和天皇陛下は円が高くなるのは悪いことだけではないよ、とおっしゃったことがあるそうですが、科学者としての素養がそういう部分に出てるんでしょうね。
Posted by: SLEEP | May 19, 2006 at 03:07 PM
SLEEPさん、コメントありがとうございます。
まぁ、輸出業者にとっては円高は絶対悪なのでしょう(笑)。で、日本全体では輸出額の方が多い以上、平均値としては円高嫌いな発言が主流になってしまうのかもしれませんね。
基本的には、景気が悪いときの円高は困りますが、今のように景気が順調ならば円高が進んでも全く問題ないわけで、今の日本がこれを問題視する必要は全く無いように思いますね。むしろ、もう少しドル安が進んでアメリカの経常収支赤字を減らさないといかんわけで。アメリカが破綻して真っ先に困るのは大債権国日本ですからね。
Posted by: 馬車馬 | May 21, 2006 at 02:26 AM
馬車馬さまお返事ありがとうございます。
どうも、日本人は悲観的すぎじゃないかと思うんですよね。製造業にしたって輸出におんぶにだっこってのは、今日び少ないはずです。さもなきゃとっくに潰れてるでしょう。円とドルの関係というのは広い意味で言って自然現象のようなもので、一々文句をつけてたって仕方ないでしょうに、と。
ああ、奥田さんもそんなことは充分承知の上で記者がそう聞いてきたらこう応えるという、なにかフォーマットがあるのかもしれませんね。
Posted by: SLEEP | May 21, 2006 at 03:05 AM
SLEEPさん、コメントありがとうございます。
確か今でも日本の輸出業の損益分岐点の平均はドル100円台前半ではなかったかと思いますから、当面深刻な問題には成りようが無いですね(逆に言うと、今までの儲かりっぷりが半端ではないわけで)。
まぁ、奥田さんとしても「まだまだ大丈夫」とか言ってしまうとそれが投機的円買いの材料になりかねないから、という意識があるのかもしれません。それにしても介入要請は言いすぎだと思いますが(恥ずかしいからやめれ、と)。
Posted by: 馬車馬 | May 21, 2006 at 09:44 PM
昔の記事を発掘してみるテスト。結果は「みんな仲良く海にダイブ」「歴史に残るほどの恐慌」だということでしょうか。国会の様子などを見ていると実はたいしたことないんじゃないかなーなどと思ってしまいますが。
それにしても、アメリカがコケてこんなに迅速大規模に日本に影響が出るというのが今ひとつピンと来ないのです。数字を見ても日本の総所得に占める貿易黒字はそんなに大きくなさそうに見えるものですが・・・
Posted by: tackman | January 15, 2009 at 05:38 PM
tackmanさん、コメントありがとうございます。
なんとも懐かしいエントリーです。派手にダイブしましたねぇ。まぁ、ドルの投げ売りが起こらなかっただけまだマシだったような気もしますが。
日本のGDPに占める輸出入の割合はそれほどでもないんですが、成長率に占める寄与度が非常に高いのが問題でして・・私もこのところ碌にアップデートしていないんですが、貿易黒字分をのぞくとゼロ成長というのが最近の日本経済の基本パターンだったと思います。
Posted by: 馬車馬 | January 20, 2009 at 08:24 AM