大丈夫か韓国(3) 大貧民爆弾が炸裂する日

筆者が1週間ほど出張でネット環境を離れている間に、韓国はなんだか「挙げた腕の振り下ろし所に困る状況」になってしまっているようで、正直旬を逸した感もあるのだが、今回で一旦韓国シリーズのまとめとしたい。

前回前々回と、韓国が大国に囲まれているせいで生じた悲喜こもごもをお伝えしてきたわけだが、韓国にはもうひとつ頭痛の種がある。言うまでも無く北朝鮮のことだ。ロシアと中国両方に国境を接しており、ロシアにとってはウラジオストックを扼する要所、中国にとっては日本海への橋頭堡。まぁその辺りは前々回に強調したので措いておくが、なによりもまずいのはこの国の経済状況だ。一人当たりGDPは1000ドル弱。日本の30分の1。最貧国に入るか入らないかのぎりぎりに位置する。

冷静に考えると、韓国にとって北朝鮮を吸収する意味はない。肉体労働以外はほとんど生産性の期待できない2000万人に、農業に適さない不毛な大地と（南朝鮮のほうが土地は肥沃）中国とロシアの国境線がおまけでついてくる。お荷物以外の何物でもない、と書くと、「北朝鮮が韓国と完全に統合されたときの底力は云々」と言われそうなのだが、とりあえず、我々が想像できる将来にその底力とやらが発揮される可能性はゼロだ。その辺り、東ドイツの例を引いて考えて見たい。

東ドイツという底無し沼

正直、北朝鮮の事を考えるまで東ドイツのことは忘れていた。あんまりうまくいってないらしいとは聞いていたが、統合ドイツ自体はギクシャクしつつもプラス成長を維持している。まあそのうち何とかなるんでしょと思っていたのだが、統計を見て考えを変えた。

これは1990年の統合以降の東西ドイツの失業率の推移だ。改善されていないどころか悪化している。西ドイツとの格差もむしろ広がっている。大体、20%近い失業率ってどういう状態だ。

更に東西ドイツの経済成長率の推移を見ると、これもまるで希望が見えない。

東ドイツが頑張っていたのは最初の数年だけで、その後はキャッチアップどころか西ドイツの成長率すら下回る時期が続いている。これでは4倍近くもある一人当たりGDPの格差を縮めるなど夢のまた夢だ。

ちなみに、ドイツ政府が何も努力をしていないかというとそういうことはない。東ドイツ地域の資本ストック（道路、鉄道、港湾施設、通信設備、工場、各種生産機械などなど、生産に必要な全ての「モノ」のこと）はここ10年かなりのペースで増えてきた。西ドイツの資本ストックがここ10年で20%増えたのに対し、東ドイツのそれは倍以上になっている。それでもなお一人当たりの資本ストックは東西で倍の格差が残っているのだが。それだけの資金を注ぎ込んだ（概算でも最低1兆ユーロはつぎ込んでいるはず）にもかかわらず、旧東ドイツ地域はこの体たらくなのだ。最近は東ドイツの資本ストックの伸びも低下しており、東ドイツが「西ドイツ並み」になるまで後何十年かかるか想像も出来ない（なお、ここまで東ドイツの復興が失敗したのはドイツ政府の為替政策の失敗もあると言われているが、それについてはコメント欄を参照していただきたい）。

東ドイツと北朝鮮：沼の深さは5倍以上

西ドイツは統合後15年たっても東西格差に苦しんでいるが、もともと東西ドイツの経済格差はそれほど大きかったわけではない。一人当たりGDPで比べると、1990年時点で東西の経済格差は3倍から4倍程度。しかし、南北朝鮮の格差は15倍から20倍程度にもなる。20年や30年で埋められる格差では無いのだ。道路・線路・通信網を整備し、教育システムを立て直し、警察・司法組織を再建するのにいったいどれだけの時間がかかるやら。

それを考えると「統一朝鮮の脅威」などという寝言は少なくとも今後50年間は聞き流すことが出来るわけだが、問題なのはこれからの50年間に何が起こるか、だ。まず明らかなのは、韓国は北朝鮮を今後10年以内に併合する可能性はない、ということ。毎年餓死者が続出する国と世界有数の経済大国が人の往来を自由化したらどうなるか。当然、北朝鮮の2000万人は韓国へと殺到する。最初は食料を、続いて高い賃金を求めて。ソウルの周りには大規模な貧民街が誕生し（もともとソウルというのは意外に奥行きのない都市で、中心部を外れると商店街の裏側にスラムと見まごう町並みが広がっていたりする。あくまでも5年前の話で今は知らないが）、失業率は跳ね上がり、犯罪も増える。誰でも想像が出来ることだ。

だから、韓国政府としては、北朝鮮国民の韓国への流入阻止は絶対条件となる。そのためには、北朝鮮国民に北朝鮮での衣食住を保証しなければならない。もし衣食住の保証に失敗したら、飢えた北朝鮮国民はすぐにも38度線に殺到する。核ミサイルならアメリカ謹製の迎撃ミサイルとやらで打ち落とすことも可能かもしれないが、この大貧民爆弾は一度発射されたら防ぐことは出来ない。しかも着弾したら影響は韓国全土に広がり、数十年にわたって効果が残ることになる。性質が悪いことこの上ない。

これを防ぐためには、韓国はかなりの額の公共投資を北朝鮮に対して行う必要がある。公共投資をすることで経済成長に最低限必要な交通網・通信網（インフラストラクチャー）を整備しつつ、失業者に仕事と所得を与える。ある程度インフラの整備が進めば、韓国の民間企業も進出してくるかもしれない。そうすれば北朝鮮への投資は更に増え、所得水準も向上していく。恐らく韓国政府が描くベストシナリオだろう。

北朝鮮への援助が招く通貨危機のリスク

ところが、ここにこそ韓国経済の最大のリスクがある。不安定な貿易黒字だ。韓国政府なり韓国企業なりが北朝鮮に投資するには、当然のことながらカネが要る。増税するか、国債・社債を発行するか。ここで、「国債・社債を誰に買ってもらうか」という問題が出てくる。貿易黒字国であれば、国内で債券を発行できる。貿易黒字とは、所得＞支出という状況を意味するので、所得－支出＝貯蓄の分だけ韓国国民は社債や国債を購入出来る（このあたりについては「世界が望むブッシュ再選」と「貿易黒字のチキンレース」を参照）。この時、韓国国民は政府や一流企業の信用を高いとみなしているので、例えば20年満期などの長期債を買ってくれる（＝長期間貸し付ける）可能性が高い。

ところが、韓国の貿易黒字（≒韓国の貯蓄）が少なかったり、逆に貿易赤字だったりすると、北朝鮮向けの投資資金を国内から調達できなくなる。この場合、韓国政府・企業は債券を海外向けに発行して資金を調達することになるのだが、海外の投資家は韓国の国民ほどに政府や現代自動車を信用していない。だから、長期債よりも短中期債（1年満期とか、せいぜい5年満期とか）が好まれる。

実のところ、この短期資金の調達というのはかなり危険な行為だ。短期の借り入れを野放図に増やすことは、確実に通貨危機のリスクを高める。どういうことかというと、韓国に貸し付けている海外投資家は、自分と同じく周りの投資家も近々手持ちの韓国の債券が満期を迎えることを知っている。普通であれば、満期を迎えたらまたその資金を使って新たに債券を購入する（ロールオーバーする）のだが、ここに疑心暗鬼が生じる余地が生まれる。もし他の投資家がロールオーバーせず、自分だけが韓国債を再購入した場合、購入直後に債券価格は暴落する（買い手がいないため）。だから、この投資家は周りの海外投資家の動向をチェックするためにも、（一時的に）ロールオーバーを手控える。全ての投資家が同じようなことを考え、行動した場合、単なる疑心暗鬼が実際の債券価格の暴落を引き起こすことになる。たまたまこのロールオーバーの時期に疑心暗鬼のきっかけになるようなイベント（有名企業の倒産や景気悪化を示す統計の発表など）があると、暴落、つまりは通貨危機発生の可能性はぐっと高まる。そして、短期で資金を借り入れるということは、頻繁にロールオーバーが発生するということで、その分だけまずいイベントとかち合う可能性が増すということなのだ。アジア通貨危機発生の原因には諸説あるが、この短期借り入れの問題はその中でも有力なものだ。

つまり、韓国が前回説明したように貿易黒字を維持しづらい状況にある限り、北朝鮮支援は通貨危機のリスクを覚悟で行わなければならない。そして、上で説明したとおり、金正日政権が崩壊したときに、韓国が北を支援しないという選択肢は存在しない。大貧民爆弾の炸裂を避けたいならば。

韓国は貿易黒字を増やせるか？

今韓国はそれほど貿易黒字を出せない状況にあるとして、今後はどうだろうか？実は、状況はもっと悪化する。今韓国の貿易黒字は対中国と対アメリカが主であり、中国への輸出は結局中国の対米輸出につながっているので、韓国の貿易黒字は直接的にも間接的にもアメリカに依存している（だからこそ韓国は今も為替介入をしまくっているわけで）。ところが、「世界が望むブッシュ再選」でも書いたとおり、ブッシュ大統領引退後はアメリカが今の規模で輸入をし続けるとは少し考えにくい。民主党が政権を取ればなおさらだ。では、その頃までに中国がアメリカへの輸出に頼らない経済成長を達成し、対中国への輸出を強化できる可能性は？これもほとんど考えられない。ブッシュは2008年一杯で引退する。そしてこの年は北京五輪に重なる。常識的に考えてこの年が中国経済のピークであり、その後は中国の内需は減少する（オリンピックに向けて中国政府は各種インフラストラクチャーの整備を前倒しで進める必要が出てくる。オリンピック終了後は元のスケジュールに戻るため、投資が一時的に減少する可能性が高い。下手をするとそれが不景気の引き金にもなる）。

つまり、2008年以降、韓国は北朝鮮支援を抜きにしても貿易赤字国に転落する可能性が高い。もし金正日政権がこの時期に崩壊した場合、韓国経済にとってはまさに泣きっ面に蜂だ。

韓国が裏切るのは10年早い

とすると、韓国はどうやって北朝鮮支援のための資金を調達するか真剣に考えなければならない。普通に市場原理に任せていたのでは駄目なのは上で説明したので、残る手段は政府による公的借款しかない。ここで話が外交戦略に戻ってくるわけだ。金正日政権が長続きしないとするなら、韓国はどこか長期間（かつ低利子で）資金を貸し付けてくれる国を探さなければならない。そして、現状世界でそれが出来る国は2つしかない。日本とアメリカだ。

そのことを考えると、盧武鉉大統領の昨今の戦略構想（そう呼べる代物であるかどうかは非常に怪しいのだが）に合理性を見出すことはほとんど出来なくなる。アジアのバランサー論(笑)は結構だが、それは現状日米から距離を置いて中国へ近づくことを意味しているに過ぎない。だが、今北朝鮮に必要なのは100万人の人民解放軍ではなく、100億ドルのお金なのだ。

韓国が日米から距離を置くのは、中国がアメリカへの輸出だけに依存しない経済構造を確立し、韓国が海外の民間投資家から長期資金を借りられる程度に金融システムの信用を高めてからでなければならない。それまでは日米に擦り寄り、資金的な支援を受けまくっておくのが上策だ。手の平を返して中国に擦り寄るのはそれからで良い。今から馬鹿正直に日米からの自立を宣言してどうするのか。日本もそうだが、この国の外交には狡さが無さ過ぎる。

（長くなりすぎたので次回に続く）

本日のまとめ

過去15年間、東西ドイツの格差はまるで縮小していない。

北朝鮮の併合は東ドイツのそれよりも5倍大変だ。

北朝鮮復興を支援しないと貧民が38度線を越えて殺到してくるため、韓国に支援しないという選択肢はない。しかし、支援するほど海外から短期資金を借り入れねばならず、通貨危機のリスクを高める。

通貨危機を避けるためには日米政府から資金を拠出してもらうしかない。その意味で、この時点での盧武鉉大統領の「日米からの自立」路線は時期尚早に過ぎる。

データの出所：ドイツ連邦統計庁「Volkswirtschaftliche Gesamtrechnungen der Länder」2004年版

#4月18日11時21分若干の追記。詳細はコメント欄参照。