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匿名の重み・実名の重み(4) 匿名ブログの限界(下)

前回、文章の性格は双方向を前提とした議論系のものと、より一般的な読者を想定した一方通行の啓蒙・代弁系のものとに分けられること、前者は匿名でブログに、後者は実名でマスメディアに、と住み分けが成立している、と書いた。

今回はそれでも少数存在する実名ブログをその他匿名のブログと比較しながら、匿名でモノを書くことと実名でモノを書くことがどういう違いを生むのかを考えて見たい。

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匿名の重み・実名の重み(3) 匿名ブログの限界(上)

ものすごい間があいたのだが、匿名実名シリーズの続きを書いておきたい(脳内原稿が失われる前に)。前回まで、実名の必要性をうんこフィルター、つまり単にゴミコメントを排除するだけのために考えてきた。しかし、実名でブログを書くことと匿名で書くことの違いというのは、そんな単純なものではないだろう。匿名と実名、それぞれにもっと幅広いメリットやデメリットがあり、それがそれぞれのブログにまるで異なる特徴を与えることになっている。今回はそんな話を考えて、匿名実名シリーズの締めとしたい(追記:締まりませんでした。次回に続く)。

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「お金であること」を保証するもの(後編)

さて、前回貨幣というものは皆が「他のみんなはこの貨幣を受け取るだろう」と信じてさえいればいいのであって、必ずしも金や国債といった具体的な裏付けを必要とするものではない、と書いた。貨幣発行に際して同額の国債等を保有すべし、という旧日銀法の発行保証制度が撤廃されたのはこの辺りが理由のようだ。

では、魚のホネでも貨幣になるのだから、中央銀行の負債として扱うなんて面倒くさいことする必要ないじゃん、とつい考えてしまうのだが、それでは現状ほとんど全ての中央銀行が貨幣を負債としている理由が説明しづらい。もちろん、兌換貨幣や金本位制時代の名残と言い切ってしまっても構わないのだが、惰性の一言で説明してしまうのは無理がありすぎる。というわけで、以下、貨幣が中央銀行の負債である理由を説明し、その上で現代の「貨幣の裏付け」とはなんなのかを考えて見たい。(5月20日:文末に追記)

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「お金であること」を保証するもの(前編)

敢えて副題をつけるなら、『「通貨発行益(シニョリッジ)をめぐる勘違い」の勘違い』の勘違い、ということになるかもしれない(言うまでも無く冗談です)。ちなみにこのエントリーは本石町日記氏磯崎哲也氏Bewaad氏という議論を受けたものなので、興味のある方は順にご覧頂きたい。

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