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「お金であること」を保証するもの(後編)

さて、前回貨幣というものは皆が「他のみんなはこの貨幣を受け取るだろう」と信じてさえいればいいのであって、必ずしも金や国債といった具体的な裏付けを必要とするものではない、と書いた。貨幣発行に際して同額の国債等を保有すべし、という旧日銀法の発行保証制度が撤廃されたのはこの辺りが理由のようだ。

では、魚のホネでも貨幣になるのだから、中央銀行の負債として扱うなんて面倒くさいことする必要ないじゃん、とつい考えてしまうのだが、それでは現状ほとんど全ての中央銀行が貨幣を負債としている理由が説明しづらい。もちろん、兌換貨幣や金本位制時代の名残と言い切ってしまっても構わないのだが、惰性の一言で説明してしまうのは無理がありすぎる。というわけで、以下、貨幣が中央銀行の負債である理由を説明し、その上で現代の「貨幣の裏付け」とはなんなのかを考えて見たい。(5月20日:文末に追記)

貨幣が負債である理由

改めて前回の図を再掲したい。

lack-of-double-c

ここでは、例えばパン屋が誰か(中央銀行とか)から貨幣をぽんと渡されれば、その貨幣が3人の間をぐるぐると回って全ての取引を成功させるという状態を示している。これが「貨幣は経済の潤滑油」と言われる所以であり、だからこそ現金のことを流動性と呼んだりするわけだ(貨幣が無いと3人は誰一人望むものを手に入れることが出来ないということは前回説明した)。

実は、この3人経済に必要な潤滑油の量というのは時と場合によって変化する。例えば、中央銀行がパン屋に現金をあげたとしよう(あげてしまっているので中央銀行の負債にはならない)。この現金を使ってパン屋は小麦粉を手に入れるのだが、この時点ではまだ腹ペコな学者には現金が行き渡っていない。現金を得た農家が授業料を払って初めて学者はパンを買う現金を得ることが出来るのだ。

ところが、農家の息子はまだ高校の期末試験の最中でまだ学者の講義を聞く準備が出来ていない。これは学者にとっては困った事態だ。飢え死にの危機といっても良い。せっかくの潤滑油が農家のところでせき止められてしまい、学者の所まで届かないのだ。結果、農家の息子が期末試験を終える頃には学者は餓死してしまい、せっかくの現金は3人のうちパン屋一人を幸せにするだけで終わってしまう。

これは望ましくないので、中央銀行は現金を追加で学者に与える。そうすると学者は今すぐパンを買って飢えをしのぐことが出来、後はゆっくり農家の息子が期末試験を終えるのを待てばいいわけだ。

さて、しばらくたって学者はまた腹が減ってくる。パン屋も小麦粉が欲しくなるし、農家の息子は勉学の熱意に燃えている。前回と違うのは、パン屋と学者の両方が現金を持っているということ。また、農家はすぐに学者の講義を必要としているということ。つまり、この時点で経済は必要な現金の量の倍を保有している。この場合、パン屋は農家に現金を支払い、即座に農家は学者に授業料を納める。すると、学者の手元には前回の倍の現金が残ることになる。

ここでは現金は魚のホネ(または紙切れ)であり、それ自体には何の価値も無い。だから、学者はこの倍の現金を全てパン屋に渡して前回と同じ量のパンを手に入れる。つまり、パンの価格は2倍になる。インフレーションの発生だ。経済にとって無駄な現金が出来たことによって、現金そのものの価値が下がり、その結果物価が上昇してしまったわけだ(このまま放っておくと、小麦粉代と授業料も倍になる)。

色々な事情があって、インフレというのは経済にはあまり望ましくない。だから、物価の番人たる中央銀行としては、経済で余ってしまった現金をとっとと回収し、インフレの発生を防がなければならない。でもどうやって?なにしろこの現金はあげてしまったものだ。無理やり取り上げたら窃盗罪に問われかねない。

つまり、後で回収する手間も考えると、中央銀行は現金をあげてしまってはいけないのだ。代わりに、中央銀行は以下の図のような取引をパン屋と行う。

lack-of-double-c-CB

要するに、中央銀行はパン屋から一時的にパンを借りてくる。そして、「私は確かにパンを借りました」という借金ならぬ借パンの証文を代わりにパン屋に発行する(①)。今度は、この証文が現金となる。そして経済を回りまわって、この証文はまたパン屋に帰ってくる。そうしたらパン屋は証文を掲げて中央銀行からパンを取り返し(②)、そのパンを学者に渡すわけだ。こうすることで、取引が終了したと同時に中央銀行は不要になった現金を回収することが出来る。この時、パン屋と中央銀行のバランスシートの変化はこうなる(これは中央銀行がパン屋に現金(証文)を発行したときの変化(①)で、回収するときには当然この逆が起こる)。(念のために書くが、右側が負債の増減、左側が資産の増減を意味する。)

money-BS-bread

これが、貨幣が中央銀行の負債である理由だ。更に、実際には中央銀行が発行する借りパンの証文とは現金に他ならないので、「パンをもらって代わりに現金を渡す」ことになり、単にパンを買っているのと同じになる。これを「買いオペレーション」、略して「買いオペ」と言うわけだ。ちなみに、図で②番となっている部分、つまり現金を回収している部分はこの逆なので「売りオペ」という。買いオペと売りオペは金融政策の根幹であり、つまり、金融政策とは中央銀行のバランスシートコントロールに他ならないのだ(また、買いオペのことを流動性の供給と呼ぶことが多いのも、この説明でお分かり頂けると思う)。


お金の裏付けと物価の番人

さて、このエントリーでは繰り返し現金には裏付けは必要無い、と書いてきた。だが、実際には日本銀行券は現金になっているのに、魚のホネは現金として流通しない。なぜだろうか?実は、日本銀行券が現金として流通しているのは、やはり魚のホネには無い「信用」が日銀券にあるからなのだ。

現金が現金であるためには、「みんなに受け入れられること」が何より重要だ、という話は前回書いた。そして、そのために重要なのは現金の価値が安定していることだ。たとえば、上の例で、パン屋が中央銀行から1000円の現金を得たとする。その1000円で小麦粉を買うわけだが、もしその間に急激なインフレが進行したらどうなるだろうか?1000円だった学者の授業料は2000円に値上がりしてしまう。こうなると、この現金は潤滑油としての機能を果たせなくなってしまう。農家は手持ちの1000円で授業料を払えないからだ。こうなると、現金は3人にとってまるで魅力的なものではなくなる。潤滑油の役割を果たせない現金はただの紙切れなのだ。つまり、われわれが現金を安心して使うためには、「急激なインフレが起こらない」という確信、または「中央銀行はうまく物価をコントロールしてインフレを起こさない」という信用が不可欠なのだ。現代の貨幣の裏付けは金塊でも国債でもなく、物価の番人としての中央銀行への信頼だと言い換えても良い。


バランスシート:物価の番人の剣にして鎧

改めて、前回積み残した疑問について考えよう。負債としての貨幣、貨幣の裏付けとは、という疑問については既に解決しているが、中央銀行が国債ばかりを保有している理由が未だに良く分からない。大体、すぐ上で貨幣の裏付けは国債では無いと言い切ってしまったばかりなのだ。

それに、上の例では中央銀行は国債ではなくパンを買って金融政策を遂行している。パンでもいいなら、株でも土地でも幸せの壺でも何でも買ったらよろしいがなというのは当然思うところだろう。しかし、結論から書くと、中央銀行のバランスシートに国債以外の資産を大量に突っ込むことは上で書いた中央銀行への信頼を著しく損なう恐れがある

試しに、日銀が買いオペで国債の代わりに大量の株を購入したと考えて見よう。で、不慣れな担当者が巨額の損失を出してしまったとする。損の額が大したこと無ければ、日銀にも自己資本(積立剰余金なども含む)が5兆円前後あるのでここから捻出すればよいが、毎年のように損をこいている(公的年金などのヘボ運用っぷりを見ているとそれなりに現実感がある)と当然それも底を付く。

普通の企業であれば自己資本が底を突けばハイ倒産、ということになるのだが、日銀の場合は事情が全く異なる。なにしろ、お金を刷れるのだ。損が出たらその分余計に万札を刷れば万事解決だ。世のファンドマネージャーが涎を垂らしてうらやましがる状況なわけだが、喜んでばかりもいられない。損を埋めるために余計に万札を刷れば、その分だけ不要な現金の量が増えてしまい、インフレが進行してしまうからだ。

つまり、バランスシートが悪化した中央銀行は不可抗力としてインフレ政策を取らざるを得なくなる。こんな中央銀行が、(例えば石油ショックのようなイベントが起きた時に)うまく「インフレを抑える」と信じられるだろうか?当然NOだ。その結果、この中央銀行が発行する現金は誰も使いたがらなくなる。誰もが血眼になって欲しがる現金が、ただの紙くずになる瞬間だ。ハイパーインフレーションというのはこうして起こる(IMFのピーター・ステラが中央銀行のバランスシートの悪化がどのような問題をもたらし、更にはハイパーインフレにいきつくのかといった問題を、いくつかの事例を引きながら研究している。興味のある方は一読されたい)。

日銀が伝統的、ないしは生理的にバランスシートの毀損を嫌がるのはこの辺りに理由がある(「日本は今インフレにしたいんだからそれでもいいじゃん」とお思いの方もいらっしゃるかもしれないが、それについては別稿で書くことにしたい)。だから、日銀の資産は大損をこく恐れの無い安全な資産で固めなければならない。で、一番安全な資産は何かというと、日本国債ということになるわけだ。だからこそ、前回書いたとおり、FRBもカナダ中銀も、資産の大半は国債+政府債務で固められているのだ(ECBは全然違うのだが、これについても別稿で)。

こうして、議論は「間違っている」とされた前回の前半部の議論、すなわち「現金の信用は国債によって裏付けられている」という主張に戻ってきた。国債は現金の裏付けにはならないが、現金の裏付けである「中央銀行がインフレを必ず抑える」という信用の裏付けになるのだ。その意味では、前回の前半の議論は厳密には不正確だが、ショートカットとしてはそれほど悪くない理解だと言ってよいと思う。


ところで、通貨発行益(シニョリッジ)について

さて、副題を『「通貨発行益(シニョリッジ)をめぐる勘違い」の勘違い』の勘違いだと言っておきながら、ここまでその話を完全に無視してきてしまった。

そもそもの話からいくと、シニョリッジseignorageという言葉は、中世フランスの領主(seigneur, seignor)が通貨発行の特権を認められており、贅沢をしたくなるとその分お金を発行していた、という歴史に由来するものだ。ここで、この領主は政府であると同時に中央銀行であるという点に注意していただきたい。理論的には、政府=領主が借金をする(国債発行)→その国債を中央銀行が買い、代わりに現金を政府に発行する→この現金が贅沢をする原資となる、というプロセスが起こっている。これは領主にとって明らかに利益(不労所得)であることがお分かり頂けると思う。

この時、領主の一機関である中央銀行が発行した現金は全額が利益となるので、その意味ではBewaad氏の説明は正しい。ただし、これはあくまでも政府と中央銀行が一体となっているときの話であって、これが完全に分離されている現代では同じ議論は出来ない。通常の買いオペで発行された現金を「通貨発行益」と呼ぶことはないのだ(上でも書いたように、これは単にバランスシートの両側が増えただけのことであって、利益ではありえない。もし利益だというなら、昨今の金融緩和で日銀は巨額の利益をたたき出していないとおかしい)。

通貨発行益という概念は、現代においても政府と中央銀行が一体化してしまうケース、たとえば政府の国債をそのまま日銀が購入して現金を政府に渡し、政府が増税の苦労も借金返済の苦痛も無くじゃんじゃんばりばりと公共投資に乗り出したりする場合にのみ有効になる概念なのだ(経済学の入門書でも、この文脈の中でしか通貨発行益の話は出てこない)。

ちなみに、この辺りをみると、本石町日記氏の定義で通貨発行益を使っている例もあるようで、Bewaad氏と本石町日記氏の理解はどちらもある程度正しいと言ってよいだろう(言葉の定義の問題に過ぎない)。

更に書くと、上の説明だと「政府と中央銀行が結託すると何もないところから富を生むことが出来るのか」、と感じられる方がいるかもしれないが、これは厳密には正しくない。このような「財政拡大+金融緩和(日銀が買いオペをしているので)」の組み合わせは当然にインフレを招く。このインフレで誰が損をするかというと、今現金や債券などの資産を持っている人だ(インフレで価値が目減りするため)。つまり、通貨発行益とは、インフレを通じて資産を持つ人から強制的に徴税して得たお金(インフレ税)であるわけだ。ま、世の中、打ち出の小槌のような話はなかなかない、というか、打ち出の小槌もインフレを招くので、あれは他人の資産を搾取する道具に他ならないのだが。


本日のまとめ

経済に流通する現金の量を柔軟にコントロールするためには、現金をある種の証文として負債に置き、買いオペや売りオペで別の資産と交換していくやり方が都合がいい。

急激なインフレは現金の「経済の潤滑油」としての機能を弱める。

現代では、現金の裏付けは金塊でも国債でもなく、「中央銀行が物価を適切にコントロールしてインフレを抑える」という信用。

この信用を保つためには、中央銀行は損が出にくいバランスシートを維持する必要があり、そのために国債を大量に保有している。


追記:
Bewaadさんからこのエントリーに対する反論を頂きました。先方のコメント欄に書けばいいのですが、長すぎると見づらそうなのでこちらに追記という形でコメントを残しておこうと思います(たくさんコメントを頂いておきながらお返事できずにすいません・・・TBとあわせ今週末中には)。

『バランスシート(の負債)に計上されるのは「借入パン」であって、(略) 、紙幣であるはずもありません』とのことですが、この借方に計上される「借入パン」こそが紙幣であるというのが本文の主張です。普通の企業が同じことを行った場合、パンを貸してくれた企業に対して「私は1万円分の価値があるパンを借りました。このパンはいつまでに耳をそろえてお返しします」という一筆をいれることになるでしょう。これが本文で言う「証文」です。この時証文というのはただの紙切れで、単にこの企業の返済義務を示すものに過ぎません。

しかし、日銀がこの証文を発行した場合、その高い信用力(=価値の安定性etc)ゆえに、この紙切れは単なる返済義務の表示に留まらず、モノを交換する潤滑油として機能します(魚のホネの代わりに)。この潤滑油としての機能ゆえに、日銀の発行した証文は現金そのものとなるわけです。1万円札は日銀が「私は1万円分の価値がある”何か”を借りました(現金には満期がないので、永久債なのでしょう)」と宣言する証文だと考えるわけですね。

『レポ取引をした場合において、わざわざ現金担保を使わなくても、証文で(少なくとも日銀は)足りるはずです』とのご指摘ですが、日銀が1億円分の債券を借りて、その代わりに現金1億円を担保に差し出しているという状態は、日銀にとっては無担保で借りているのと全く同じです。現金は日銀にとって「1億円分の何かを借りています」という証文に過ぎないのですから。そもそも、別途現金の存在を仮定してしまっては、何のために本文で現金が発生するモデルを組んだのか分からなくなります(日銀の特殊性とは、資産を買うことと無担保で借りることが同義になるという点にあるわけです)。

なお、「あげてしまった現金を取り返す手段がない(だから中銀はモノを借りた証文を現金としたほうが良い)」というのは裏鹿さんが触れておられるとおり厳密ではなく、本来は徴税権を行使して現金(紙切れでも魚のホネでも)を巻き上げるという方法もあるわけですね。単にそれでは機動性がないので、買いオペ売りオペがやりやすい証文方式を取った、と考えたわけです。

まぁ、当たり前に存在するものの意味を考えるというのはどうしても混乱しがちですが(私も混乱します)、それだけに頭の体操としては面白いのではないかと思います。

それから、シニョリッジの件ですが、特にBewaadさんがこれを利益とすべきと主張しているとは考えていません。単に私が「利益として直感的に理解することもできるのでは」ということを示したかっただけです。本文でも書いたとおりこれは言葉の定義の問題に過ぎず、その妥当性はどの文脈の中で使われているかという観点から測られるべきであると思います。それ以外の部分(裏鹿さんからご指導いただいた部分など)についてはまた後日ということで。(2005年5月20日19時20分)

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Comments

>「財政拡大+金融緩和(日銀が買いオペをしているので)」の
>組み合わせは当然にインフレを招く。
理屈ではそうだと理解できます。けど、現実はそうなっていないような気がするのですが。。

Posted by: ひろ | May 15, 2005 at 11:27 PM

ひろさん、コメントありがとうございます。せっかくTBを頂いたのにコメントが遅れて申し訳ありません。どうも最近せわしない日々が続いておりまして。

現状では財政拡大を全く行っていないので、インフレにならないのは不思議でも何でもありません。金利がゼロでなければ金融緩和単体でもインフレに出来るんですけどね。

Posted by: 馬車馬 | May 16, 2005 at 01:06 AM

馬車馬さん、はじめまして、おはようございます、

インフレって案外経済活動に必要なのかもしれないと感じております。トラックバックさせていただいたのは、上下左右に連結されたセル(ノード)がそれぞれ値を持っているとき、セル間で相互作用を起こすとどうなるかというシュミレーションです。これを経済に当てはめるのはあまりに単純化しすぎているのは明白ですが、この単純なシュミレーションでもデフレが続いたり、自分とこだけ良いとすると孤立化、絶滅化します。このシュミレーションでは、全体のセルの値の合計を一定にするように調整するようにしているのですが、ここでほんのちょっとインフレ気味になるような状況だとグラフィックで示したように一定の定常状態になります。

http://hidekih.cocolog-nifty.com/hpo/images/sim-result.jpg

あまり記事の方向と関係ないかもしれませんが、経済をネットワークから考えるとお金って最大のハブであり、最大の適応度をもっているのだと、思います。記事を読ませていただいて、このため経済の中で相転移をすでに起こしているのだと感じました。

Posted by: ひでき | May 16, 2005 at 09:37 AM

性懲りもなく、私なりのまとめというか、解釈というのを考えてみました。ご笑覧いただければ幸いです。

http://urashika.exblog.jp/544277

Posted by: 鹿 | May 16, 2005 at 12:09 PM

>『国債は現金の裏付けにはならないが、現金の裏付けである
>「中央銀行がインフレを必ず抑える」という信用の裏付けになる』

今回のエントリーも物事の根っこまで掘り下げつつ分かり易く書かれ
ており、改めて感服致しました。

私も最近自分の所で『お金』について考えてみているので、余計興味
深く読ませて頂きました。

国債が中央銀行にとっての金融調節手段である事は確かなのですが、
『どこまで何を根拠に引き受けるべきか?』というのは、単純な問題
では無いような気がしてます。(発行済み日銀券が長期国債買入の限度
額になっていてそれが残7兆円くらいでしたか)

金融調節に関しては、(短期)国債に金利が付かないとか、マイナス金
利取引とか、当座預金残高の維持なども含めて、中々忙しそうですね。
(しかし私の様な素人から見てると、しなくてもいいかも知れない作業
に非常な労力を支払っているだけに見えなくもありませんが・・・)

Posted by: 名無之直人 | May 16, 2005 at 05:31 PM

ひできさん、コメント&TBありがとうございます。まだざっと眺めただけなのですが、同じトピックでもこれほど違うアプローチがあるのかと感心しました。世の中広いですね。

今週中に時間を作ってじっくりと読ませていただこうと思うのですが、ネットワークの概念やシミュレーションそれ自体が理解できなかったらどうしようという恐れを抱いてます(笑)。もしご存知でしたら、この辺りの入門編が簡単にまとまっているサイトなど教えていただけませんか?

Posted by: 馬車馬 | May 16, 2005 at 06:22 PM

鹿さん、コメントありがとうございます。

ブログ再開されたのですね!いやー、うれしい限りです。

お恥ずかしい話なのですが、マネタリー版のリカーディアン・イクイバレンス知りませんでしたorz。いい機会ですので、部屋を知的に彩るインテリアと化しているSargent=Lungqvistのテキストと差し引きしながら勉強しようと思います。その上でコメントを(多分質問を・・・)させていただければ、と。

どうでもいい話ですが、あのSargentのテキスト、保険?のところとかミクロの部分が無駄に難解な気がするのは気のせいでしょうか。あれだけを読んで理解できる人はすごいなぁと感心したのを覚えています。

Posted by: 馬車馬 | May 16, 2005 at 06:31 PM

名無之直人さん、コメントありがとうございます。

ネタそれ自体が完全に読者置いてけぼり企画だったので、せっせと図とかを書いてみたわけですが、少しは奏効したようでうれしいです。
その分エライ長いんですが・・・

ややこしい話ですが、そもそも私は日銀券残高を長国買い入れの限度額にする(でしたっけ?良く覚えていません・・・)ことの合理性が良く見えないので、どうも良く分からんという気分がぬぐえません。確かBewaadさんがそれがらみで詳細なエントリーを書いておられたと思います(札割れの話からリンクが貼ってあったはずです)。

Posted by: 馬車馬 | May 16, 2005 at 06:48 PM

小渕さんのときは、財政拡大+金融緩和だったような気がしますが、いかがでしょう?

Posted by: ひろ | May 16, 2005 at 07:06 PM

相変わらずの冴えた議論の展開に感服です。
逆説的に言うと、大損する資産を持ちたくないとの哲学(買いオペする際の適格担保基準を緩めない)で量的緩和を進めているので、インフレに対する実効性が乏しいわけで。また、日銀単独でインフレを起こす場合には、損しやすい資産を買っていけばいいわけですが、日銀的な発想では信用を落とす行為はコントローラブルではない(ほどよく信用を落とすのは難しい)と理解されています。なお、銀行券残高を国債買いきりオペの上限としているのは、日銀の説明では同オペが国債価格支持または財政ファイナンスを目的とするものではないことを明確にするため、です。B/S上の問題としては、当座預金残高目標一定の下で買いきりオペを増やすと、銀行券残高を突破した後は負債側には「売り手」が増えていくと考えられます。長めの資金を出し、短く資金を吸収するツイストが強まる構図です。とりあえずこの辺で。

Posted by: 本石町日記 | May 17, 2005 at 12:37 AM

馬車馬さん、おはようございます、

>この辺りの入門編が簡単にまとまっているサイト

そりゃ、私のブログが一番です(嘘)。

いまのところ、なにか一冊読まれることをオススメします。

「新ネットワーク志向」(ISBN:4140807431)
「SYNC」(ISBN:4152086262)
「複雑ネットワークの科学」(ISBN:4782851510 )

先日、↑の著者の増田先生のお話を聞いてしました。わかりやすく説明してくださっていました。このレジュメがとてもよいですが、さすがに...

Posted by: ひでき | May 18, 2005 at 08:54 AM

こんにちは。TBしてみましたが、何故か出来ないので、コメントに書いてみます。
近年電子マネーが普及しておりますが、もしも、将来これが殆どになってしまう場合に、日銀の発行券残高は大幅減少となるのでしょうか?それとも、バーチャルな発行残高を残すのでしょうか?そうなると単なる数字だけの操作ということになると思うのですが。

現物の紙幣が無いのに、銀行券残高を同じだけ残すというのも変な感じがしますが、世の中全体の流通しているお金が大きく減少するわけでもないので・・・それとも(銀行券残高を減らして)国債の保有残高を大幅に削減していくとか、ってことになるのでしょうか?日銀の資産は、以前は総額が50兆円くらいで、今は3倍に増えてますから、今が異常なのかもしれませんけれども。

Posted by: まさくに | May 18, 2005 at 11:05 AM

ひろさん、コメントが遅れてすみません。予想外に仕事が溜まっておりまして。

小渕内閣当時の金融政策がどうだったかを良く覚えていないのですが、あの時期はそれほど景気は悪くなかったんじゃないでしたっけ。物価は・・・消費税が上がっているのでちょっと分かりづらそうですね。

どちらにせよ、もし小渕内閣当時にもまるで不景気だったとしたら、「なら規模が足りなかったんだ」と言えるのがこの議論の楽なところです。財政拡大+金融緩和は理論上無限に実行可能で、無限に実行したらインフレになることには反論がしにくいので、「必ず」インフレになる、ということが言えるわけです。他の多くの政策ではこのような「無限の実行可能性」がないので、議論のハードルは一段高くなります。

Posted by: 馬車馬 | May 20, 2005 at 11:07 AM

本石町日記さん、コメントありがとうございます。

確かにそうですね(笑)。ただ、結局日銀が損をするとインフレになる、というのは、その損の分だけ政府が支出をしているからで(で、その支出を日銀がファイナンスすると)、だったら無理に損こかなくても財政支出(or減税)増やせばいいんじゃないの?とも思うわけです。

買い切りオペ上限の説明ありがとうございます。ここ数年、そもそも日銀の「技術論」が全く理解できないので興味を失っておりまして・・・すっかりフォローするのを忘れてました。まぁ他にも日銀には色々言いたいこともあるわけですが、その件はそちらにおじゃましようかと思います。

Posted by: 馬車馬 | May 22, 2005 at 08:46 PM

ひできさん: 
むむう、なかなか一筋縄ではいかないもののようですね。とりあえず理解できる部分だけコメントを書きましたので、これから貼り付けに伺います。

Posted by: 馬車馬 | May 22, 2005 at 10:17 PM

まさくにさん、コメントありがとうございます。

その辺りは思考実験としては非常に面白いところだと思います。部分的にはそういう流れはすでに進行しておりまして、クレジットカードやデビットカード、銀行小切手などはまさにそれなわけですね(普通預金を店に支払っているため。銀行の信用が向上してきたことによります)。統計では既に「マネー」といった場合、銀行の普通預金を含めて考えるのが普通です。

その結果、現金の発行残高は減ると考えても良いと思います。理論上はゼロにもなりえるかと。そのときは現金というカテゴリーが消えて、広義の「マネー」が残るのでしょうね。

Posted by: 馬車馬 | May 22, 2005 at 10:24 PM

日銀だけではなく中央銀行制度自体が全く一般の人にはベールに包まれていると言わざるを得ません。優秀なみなさんの見方がかなり食い違ったり、混乱してしてしまうのはなぜでしょうか。反論を恐れず言うと、日銀はウソをついています。というよりヨーロッパで生まれた中央銀行制度そのものの本質がそこにあります。つまりやはり通貨発行益は存在しているのです。通貨発行益が国債の利子分だけというのはぼくは信じません。簡単なことです。中央銀行で刷られたお金は利子をつけて市中の銀行に貸し出されます。貸付金は
B/S上は資産です。そして市中の銀行がちゃんとお金を日銀に返せば立派に経費を除いた通貨発行益が発生します。しかし日銀というより中央銀行制度は通貨発行益がどう使われているか知られたくないのでウソをついています。何に使われているかはぼくは分かりません。表上、わずかの利子分しか存在しないことになっていますから。スティグリッツの政府通貨発行論は実際、通貨発行益の存在を認めた上での論です。ですが、現状では実現は不可でしょう。現体制を維持している人間たちがいる限りは。

Posted by: TAKA | January 25, 2007 at 04:04 PM

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