今週のThe Economist:誰がしんぶん殺したの?
原題:Leaders: Who killed the newspaper? (August 26th, 2006)
Special report: More media, less news (August 26th, 2006)
またしても随分間が空いてしまった。実は外交ネタを3ページほど書いていたのだが、しばらく書かずにいるとどうも「勢いで仕上げる」ことが出来なくなる。唸った挙句に没フォルダ行きにしていたら1ヶ月以上が過ぎてしまった。
それでも久々にブログを書く気になるくらいに、今回の記事は出来が良かった。一言で記事をまとめるなら、これから新聞は大変ですね、という、ありふれた結論になっているのだが、細かいデータがちりばめられた丁寧なつくりの記事で、思索のヒントを与えてくれる。The Economistはこの手の記事作りが非常にうまい。
もう少し丁寧にまとめておこう。まず、新聞業界の根本的な問題として、アメリカ・西欧・南米・オーストラリアとニュージーランドでは過去数十年にわたって発行部数の減少が続いているということがある(他地域では売り上げは伸びている。日本は横這い)。これが以下の議論全ての基本になる。当然、インターネットの普及も一因だ。そして、広告というのは読者に読んでもらうためにあるのだから、読者減少の当然の帰結として広告収入は減少する。スイスやオランダでは案内広告(求人や不動産関係の短い広告。三行広告とも)の半数がインターネットにシフトしてしまっているというのだから驚く。
こうなってしまうと新聞ビジネスは立ち行かない。The Economist誌は『今後数十年で先進国の半数の一般紙が廃業するだろう』とまで書いている。廃業まで行かなくとも、過去15年間で新聞業界の雇用は2割近く減少しているのだ(日本でも、従業員数は印刷部門を中心に同等程度減っている。記者数は横這い)
そうなってくると、新聞業界お約束の論法として「新聞がなくなったら権力を監視する第四権力としての役割が果たせなくなる」という話が出てくるのだが、同誌はこの点には楽観的だ。広告収入の減少を購読料の引き上げで補えるような高級紙(NYTやWSJなど)は生き残るだろうし、ブログの存在も含め、権力を絶えず「パブリックオピニオン」の監視の下に置いておくだけの機能はインターネット上に出揃いつつある。テレビの普及と共に新聞購読が激減した1950年代にも民主主義がゆらぐことはなかった。ならば、今回だって。同誌はそんな感じで、比較的楽観的に議論を〆ている。まぁ、The Economistは「購読料で食っていける」メディアの最右翼でもあるわけで、他人事のような議論になっているのも無理はないのだが。
メディアというビジネス
この記事で一番気に入ったのは、『(新聞は)言葉を読者に、読者を広告主に売るビジネスだ』というフレーズだ。当たり前といえば当たり前の話だが、このフレーズを軸に少し考えを広げてみたい。
つまり、メディアビジネスでは戦略を練るべき勘所が3つ存在することになる。まず、(1)どんな記事を書くか・仕入れるか。そして、(2)その記事を使ってどんな読者を仕入れるか。最後に、(3)記事を餌に集めた読者を、どの広告主に売りさばくか。ついでに書くと、ほとんどのハードニュース(一次情報)の供給元は新聞ではなく政府(特に警察)や企業だということを考えると、新聞は情報を右から左へ、読者を左から右へと流す仲介業者だとも言える。
こういうフレームワークでの最適戦略を考えるときの基本は「川下から遡って考える」ことだ。川上から考えるとどうなるか?これはえらく無駄が大きい。
何か記事を書く → 読者は興味なし → ×
何か記事を書く → ある読者が興味を持つ → 広告主は興味なし → ×
何か記事を書く → 読者は興味なし → ×
何か記事を書く → 読者は興味なし → ×
何か記事を書く → ある読者が興味を持つ → 広告主は興味なし → ×
・・・
といった感じで、無駄なトライアンドエラーを繰り返すことになる。それよりも、まず「どんな広告主を狙うか」を考え、次に「その広告主が狙っている顧客層を特定」して、「その顧客に受けるような記事を書く」ほうが効率が良いわけだ。
広告を載せるということ・読者に読ませるということ
では、新聞が狙いうる広告主というのはどんなものだろうか?言うまでもなく、モノとサービスを売ろうとする全ての企業は当然に新聞の顧客になりうる。ここで「新聞の顧客にする」とは、単に広告を載せるということだけを意味するわけではない。広告主は広告を載せること自体が目的なのではない。商品を買ってもらいたいのである。であれば、「読者の仲介業」たる新聞の理想の姿は、記事を使って仕入れた読者を、広告主の商品を片手にレジに並ばせることだ(有為な人材を、履歴書片手に受付に並ばせる、でも良い)。
新聞広告に対して何を大げさな、と思うかもしれないが、The Economistによれば、Daily Telegraphは既に『羽毛枕からバレンタインデーのプレゼント、更には保険まで』販売している。『この部門は今や同社の利益の3分の1近くを稼ぎ出している』。ノルウェーの「最もネット上で成功した新聞」シブステッドはオンラインのダイエットクラブを運営して54000人の参加者から3ヶ月で50ユーロのフィーを集めている。これまた悪くない商売だ。
こう考えてみると、「財布を握った読者を企業に届ける」ために、「見込みのある読者を引き付けるべく情報を提供し」、願わくば「その情報の生産・仕入れは極力低コストで行う」戦略こそが、メディア業界の最適戦略ということになる。何のことはない、これはkakaku.comその他がやっていることに他ならない。個々の商品のコメントをタダで集め、それを整理して顧客を小売店に誘導する。新聞広告がこのモデルに割って入るのはかなり難しいのではないだろうか(あるある大事典的な、「自分が何を買いたいかが分からない」消費者にアプローチするやり方はマスメディアのほうが得意かもしれない)。
ちょっと企業広告の雲行きが怪しくなってきたが、他に広告ビジネスの活路はないのだろうか?The Economistはカーネギー財団の議論を引いてこう書いている。『いくつかの高級紙は(GuardianやChristian Science Monitorのように)非営利団体の資金援助を受けるようになるだろう』。Christian Science Monitorは名前のとおりキリスト教系の資金で運営されているし、Guardianはスコット・トラストという「慈善団体」によって運営されている。スコットというのは70年ほど前の創立者の名前だが、現在はこのスコット氏の末裔はボードメンバー10人中2人だけで、chairmanでもない。日本の「社主」的な影響力は無いようだ。
これは、新聞は企業以外にも読者の売り先があるということを意味する。同誌は非営利団体を「新聞の中立性を担保する存在」として言及しているが、筆者はこの点については遥かに悲観的だ。Guardianのスコット・トラストは「Guardianの資金・論説両面の独立性を守る」ことを社是としているらしいので別かもしれないが、非営利団体といえども何のスケベ心もなく新聞にカネを落とすわけが無い。彼らは彼ら自身の主義主張に基づいて活動しており、その活動を広げるために新聞を使っている。つまり、新聞は手持ちの読者に入団申請書なり入党申請書を握らせて、NPOやら政党やら宗教団体やらの受付に並ばせるような記事を書くのが最適戦略となるわけだ。
企業、非営利団体の他に、新聞がとりうる選択肢はもうひとつ存在する。それは「広告をあきらめる」こと。こうすれば広告主に阿る記事を書く必要は無い。結構な話なのだが、当然のことながらこれは代償を伴う。広告料に見合うだけの高い購読料を読者からふんだくらなければならないのだ。これは実のところかなり難しい。そもそも、多くの読者は日刊紙にそれほどの情報を期待していない(これは「それでもジャーナリストは必要だ」で書いた話とも重なる)。The Economistも書いていることだが、多くの読者が求めているのは「長文よりも短文」「国際関連よりも地域ニュース」「政治経済よりも娯楽・スポーツ・天気」なのである。そして残念ながら、これらの情報それ自体には大して価値が無い。読者の求める情報を提供しても、購読料は稼げないのだ(だからこそ、この種の情報はフリーペーパーという形で提供されているのである)。
そして、「しんぶん伊勢丹化計画」でも書いたとおり、政治経済の記事を読みたがる少数の読者を満足させ得る人材は新聞社にはいない。また、マスメディアという形態を維持するには、少数読者を対象にしたビジネスに特化するわけにもいかない。更に言えば、「良質な情報」に金を払う読者の中には英語を読める人が相対的に高い確率で存在するわけで、最悪の場合日経はFTやWSJとガチンコ勝負を強いられることにもなりかねない。というか、現状彼我の差が開きすぎていてガチンコにすらならない可能性が高いのだが。正直、日本の一般紙がクオリティーペーパーへと脱皮できる可能性はかなり低いと言わざるを得ない。
「もはや聖域ではない」
要するに、「遡って考える」ということは、客のことを考えて仕事をするという、商売の基本を言い換えたに過ぎない。ところが、その基本が新聞業界ではあまり受け入れられない。広告主に、読者に阿る記事を書くことはジャーナリストの名折れなのだそうである。
The Economistは記事の中でこう書いている。『多くのジャーナリストは、何と言っても、家庭の財テクの話よりもアフガニスタンを語りたいものなのである』と。だが、新聞の発行部数が落ちてしまうと、これは単なる甘えでしかなくなる。新聞というのはあくまでもビジネスなのだ。「どうやって稼ぐか」という点から目を背ける者はビジネスの世界では淘汰される。
そして、海外(特にアメリカ)のメディアはどうやらはっきりとビジネスとしての新聞作りに舵を切ったようだ。最近Knight Ridderが売り払ったPhiladelphia Inquirerは、紙面デザインを広告の専門家に委ねたのだそうである。紙面レイアウトを考えるという編集部の侵されざる特権が剥奪されたわけだ。
こういうビジネス重視の議論に対してはお決まりの反論がある。「新聞はあらゆる権力から独立していなければならない。広告主や読者に阿る記事など、新聞の使命に反する」と。だが、これは大きな勘違いだ。新聞の独立性は義務などではない。記事の質だけで読者を惹きつけることが出来る新聞にのみ許された権利なのだ。
新聞以外の業界では、この点はかなり常識的な理解ではないかと思う。例えば、証券会社のアナリストで自分の好き勝手にレポートを書ける人など数えるほどしかいない。営業部の方針にそむくレポートを書けば、その後営業部のサポートが得られるはずも無く、ランキング圏外で現在売り出し中のアナリストにはこれは致命的になるからだ。完全に自分の思い通りに書くためには、客のほうから営業に「彼とのミーティングをセットしてくれないかな」と言われる位にはならないといけない(リチャード・クーのレベルなら問題ない)。
まだ新聞の発行部数で横這いを維持している日本では現実感の薄い話なのだろうが、新聞社において編集部がマーケティング部門に従属する時代は海の向こうまで迫ってきている。
本日のまとめ
欧米では新聞の発行部数が低下し続けており、新聞各社はインターネットを中心に新規ビジネスの開拓を試み始めた。
新聞業の本質は情報を売って読者を仕入れ、仕入れた読者を広告主に売るということ。
読者の仲介業としては、現状の新聞ビジネスは最適から程遠い。広告業を諦める手もあるが、それは読者から高い購読料をふんだくれる高級紙のみに許された特権。
どちらにせよ、今後は(広義の)広告戦略を抜きに新聞を作ることは出来なくなる。近い将来、新聞業ではビジネスマンが幅を利かせていくことになるのだろう。


Comments
長いこと書いていないと、自分の文章に対する違和感がどうも残りますね。今回も何度が没にしかけましたが、なんとか仕上げてみました。次回軽く続きを書く予定です。
それにしても、今週のEconomistは日本のオタク文化を取り上げています。突然アニメ絵が出てきてびびりました。otakuだのfujoshiだのdojinshiだの・・・もしかして、こういう言葉ってもう市民権を得てるんでしょうか。
Posted by: 馬車馬 | September 09, 2006 at 10:23 AM
復活オメデトウございます。
日本の新聞ですが、やはり宅配制度が大きいのでしょう。これがなければ諸外国並みに早晩なるのではないでしょうか。そうなれば日本版エコノミストのようなクオリティの高い・・・無理か。
少し前までですが、読売新聞の世論調査で何を信用するかという問いがあって必ず新聞というのが上位にきてましたね。自分らは政治家よりも官僚よりもえらいといばりたくて仕方ないんだろうと思います。
こういったプライドをお持ちの記者の皆さんにはもっと売れる記事を!マーケティングを!と言われても承服できないでしょう。
話は変わりますが、otakuに関してはとっくに市民権を得ていると考えるべきでしょう。またアメリカのヘルメットメーカーのカタログを見てたらカラーリングがガンダム世代だなあとびっくりしました。どうも知らないうちに世界を制覇するんじゃなかろうかと思いますね。
Posted by: SLEEP | September 09, 2006 at 11:15 AM
復活お待ちしておりました。
素朴な疑問が2つほど。1,日本の購読者ってなぜ落ちていないんだろう? SLEEP氏は宅配制度と仰いますが、そうなんだろうか?可能性は感じますが、FTやIHTならロンドンでも宅配を頼める筈だよね(記憶が少々曖昧)
2,購読料で食っていける高級紙、というが本当に購読料だけだといくらになるんだろう? 例えばthe Economist。ついでに日経。私は両者に購読料払っていますが、2倍ならともかく5倍とか言われるとね。後者は2倍でも払わないだろうな。広告収入が分かれば概算は出来る筈ですが、資料がなくて。
Posted by: Forsterstrasse | September 10, 2006 at 03:36 PM
ご無沙汰です。新エントリー楽しみにしておりましたが、わが業界がテーマとなりましたね。新聞の購読者数は手元に確かな数字はないですが、恐らくは実際には減少しているのではないか、と思われます。新聞メディアは「社会の木鐸」でありたいならNPO化、利益追求するならビジネスマンに経営を任せてマーケティングをやり直すしかないのでしょう。現状のままだと縮小均衡する方向ですね。追い込まれる中で、新たな方向性が見えるのかどうか。私自身はなお暗中模索の状態です。
Posted by: 本石町日記 | September 11, 2006 at 11:58 PM
SLEEPさん、コメントありがとうございます。
大規模な宅配システムのほかに、テレビ欄があるから、というのも良く聞く話ですよね。個人的には、経営に行き詰った新聞(産経でも毎日でもいいですが)が、テレビ欄とスポーツ欄と1-3面および社会面の要約を計4ページくらいにまとめた簡略版を発行し始めたら、みんなそちらに流れるのではと思ったりもします。
正直The Economist並は無理かと。あの雑誌はほんとに良く出来てます。記者のプライドというのもあるのでしょうが、既に海外では記事にかけるコストも削減が始まっているようですし。兵糧攻めの前にはプライドなどもろいものです。それに、プライドある鉄鋼マンとか国鉄マンとか、没落と勃興は世の常ですから・・・。
Posted by: 馬車馬 | September 13, 2006 at 09:57 AM
Forsterstrasseさん、コメントありがとうございます。
本石町日記さんも指摘されてますが、実際は減っているんでしょうね。押し紙という言葉もあるようですし。どの程度減ったかは分からずとも、広告単価がここ10年で2割近く減っていることからも、あまり好調でないことは類推できます。
FTは宅配してます。ちなみに、日経はイギリスの結構田舎にまで宅配してくれたりします。
The Economistとかは読者層もある程度限定されてますし、広告主に阿らずともある程度の広告は得られるのかもしれませんね。現時点でもそれほど広告が目立つという印象はありませんが。日本の多くの雑誌に比べれば、控えめといえると思います。しかし、新聞や雑誌の多くはannual reportを公開していないので、その辺りはちょっと想像しづらいですね。門外漢なので適当な予想も出来ませんし・・・
Posted by: 馬車馬 | September 13, 2006 at 10:11 AM
いつも、といってもたま~の更新にであったときですが、たのしく読ませていただいております。
都会はいざ知らず、田舎住まいには、新聞の訃報欄が欠かせません。記事など誰も読みません。見出しを5分ながめておしまい。
もうひとつ上げれば、官公庁の人事異動の情報くらいでしょう。
ネットが普及した現在、訃報欄の問題がクリアされれば、新聞を取る人間は激減するにちがいありません。
Posted by: 生返事 | September 14, 2006 at 02:39 PM
>どうも知らないうちに世界を制覇するんじゃなかろうかと思いますね。
すでに世界制覇しているかと。
海外で使われるアニメ用語/日本語スラングを掲載。
http://moonlight.big-site.net/misc/dictionary.html
Moonlight Fantasia(http://moonlight.big-site.net/main/index.html)より
その他海外事情紹介サイト
英語で!アニメ・マンガ
http://d.hatena.ne.jp/ceena/
越境する日本文化 マンガ・アニメ(1)
http://www.nikkeyshimbun.com.br/030121-62colonia.html
誤訳御免!
http://goyaku.seesaa.net/
AskJohnふぁんくらぶ
http://ask-john.cocolog-nifty.com/blog/
Posted by: moonlight | September 18, 2006 at 04:13 AM
始めてコメントしてみます。
いつも質の高い議論がされており、ブログの更新を楽しみにしています。
SLEEPさんのコメント
>日本の新聞ですが、やはり宅配制度が大きいのでしょう。
で、指してるのは地域密着の広告が挿し込める(その広告の需要がある)
ということなのではないでしょうか?
FTが自宅に配達されるのとは、違う次元の話なのかなぁと思いました。
まぁ、最近のフリーペーパーばやりに押されていく運命にあるのかなとは
思いますが。
見当違いなコメントでしたら、ごめんなさい。
Posted by: nacky | September 19, 2006 at 05:59 PM
本石町日記さん、リプライが遅れてごめんなさい。
日本の新聞はおそらくかなりの利益剰余金を積み上げているのでしょうから、これをファンド化して日本版Scott Trustを作るという手もあるのかもしれませんね。今の社主とのあいまいでぐだぐだな関係をいつまでも続けるわけにもいかないでしょうし。
後は高級紙路線にどれだけのニーズがあるかということになるわけですが・・・。左右翼でひとつずつがせいいっぱいでしょうか。
Posted by: 馬車馬 | September 20, 2006 at 10:02 PM
生返事さん、コメントありがとうございます。
>いつも、といってもたま~の更新にであったときですが
ああああああああああ。orz すみません・・・。
そういえば、銀行の総務部にいる親戚が「新聞で真っ先にチェックするのは訃報」といってましたね。その意味で新聞は抱合せ販売で儲けているとも言えるわけで・・・。技術進歩と共にばら売りが可能になってくると、収益率の低下は不可避なのでしょうね。
Posted by: 馬車馬 | September 21, 2006 at 03:05 AM
nackyさん
日本の大新聞というのは宅配による売り上げ割合が圧倒的に多いわけです。そしてそういう形態がいつのまにやら常識になってしまいました。
でも大多数の人は記事が面白いから買うわけではありません、またつまらないからと言って他紙に切り替えることもほとんどないんじゃないでしょうか。つまりはっきり言えば内容なくてどうでもいいんじゃないか、この辺は「新聞拡張員ゲンさんの嘆き」の受け売りですが。
分析するとしたらなぜこのような習慣が一般的になったか、それは今後廃れる可能性があるのか、が面白いんではないかと思います。
Posted by: SLEEP | September 25, 2006 at 11:19 PM
moonlightさん、コメントありがとうございます。
リプライが遅れてごめんなさい。
そういえば、前にギリシャ人と飯を食べていたら、そいつが
大の日本漫画(多分アニメも)好きでして。「ギリシャに
日本の漫画とか売ってるの?」って聞いたら、「売って
ないからヨーロッパのEuropean Anime Association
(名前はうろ覚えなので適当です)に出かけてそこで
仕入れたりする」んだとか・・・。なんだか、年次総会が
ある時はその近辺のホテルを押さえるのも一苦労なんだ
そうで。(何千人と集まるらしいです)
日本のサブカル恐るべしですね・・・。私も漫画は結構好き
なのでそのときは随分盛り上がりました。
それからリンク先、面白かったです。ついつい10記事くらい
まとめて読んでしまいました。そのうち残りも制覇する予定です。
Posted by: 馬車馬 | September 27, 2006 at 08:47 PM
nackyさん、コメントありがとうございます。
(リプライが遅れてごめんなさい)
確かに、チラシそれ自体の商品価値というのは馬鹿に出来ないように思います。ただし、本来は地域別だけでなく、所得別、趣味別に違うチラシを配るのが最適になるはずなので、本質的にはこれらの広告業は新聞には向いていないのではないかと思います(むしろ、kakaku.comがこれの最適化を行っているのではないかと)。
また、各地域に沿った記事を書ける地域のミニコミ誌やフリーペーパーのほうが商売として回る気もしますね。これは次回オーマイニュース絡みで少し触れたいと思います。
Posted by: 馬車馬 | September 27, 2006 at 08:57 PM
SLEEPさん、コメントありがとうございます。
おっしゃるとおり、日本的な新聞の使い方(読み方とは限らないので)がなぜ定着したのかというのは面白いポイントですよね。個人的にはテレビ欄の存在がやはり大きかったのではないかと思いますが、別の解釈としては、コミュニティの中での話題が新聞から得られることが多く、そのコミュニティに参加するためには最低限新聞記事の一部には目を通していないといけない、という側面もあるのかもしれませんね。
Posted by: 馬車馬 | September 27, 2006 at 09:08 PM
はじめまして いつも楽しみに拝見しております
馬車馬様のコラムが秀逸なので、他に転記かリンク(リンクは負荷がかかるのでできればコピー転記)したいと思うときがままある(商用目的ではないです)のですが、そこらは了承無しでしてもよろしいでしょうか?
遠慮してくださいといわれればやりません
ご返答お待ちしています
Posted by: 豆屋 | October 24, 2006 at 12:31 AM
豆屋さん、リプライが遅れてごめんなさい。
リンクや引用はご自由にというイメージで運営していたのですが(それですらどこにも明記していないのですが)、転載のケースは考えたことがありませんでした。半ば野次馬根性でお伺いするのですが、大まかに言ってどういった辺りへの転載をお考えでしょうか?
Posted by: 馬車馬 | October 30, 2006 at 07:25 AM
返答ありがとうございます
1)自分のブログへの転記
2)SNSコミュニティへの転記
3)某巨大掲示板やそれに似た掲示板への転記
を考えています 2も3も似たようなものかなあ
Posted by: 豆屋 | October 30, 2006 at 06:48 PM
豆屋さん、リプライありがとうございます。
とりあえず、ブログへの引用乃至は全文転載は引用元の明記とリンクの設定をして下さればそれでかまいません。SNSは私には良く分からないのですが、ブログのようなものということであれば同じルールということで。某巨大掲示板ですが、引用については同じルールでお願いします(全文転載はそもそも難しいような気もしますが)。ただ、ご覧のとおりコメント欄の管理もままならない状況ですので、怒り狂った方々が大挙乱入してくるような所に引用・転載を放り込まれる場合にはリンクを外すなど、適宜ご配慮いただければ幸いです。
暇になったらリンクポリシーなどはちゃんと考えることにいたします。
Posted by: 馬車馬 | November 02, 2006 at 09:34 PM
明けましておめでとうございます!馬車馬さん!
今年も宜しくおねがいしまっす!
Posted by: 次郎 | January 02, 2007 at 07:24 PM
あけましておめでとうございます。馬車馬先生の更新楽しみにしています。今年もよろしくおねがいいたします。
Posted by: ぬるぽ | January 04, 2007 at 03:35 AM
次郎さん、明けましておめでとうございます!
相変わらず半放置状態の当ブログですが、どうかお見捨てなく、今年もよろしくお願いします。
Posted by: 馬車馬 | January 06, 2007 at 05:57 AM
ぬるぽさん、明けましておめでとうございます!
いや、先生は勘弁してください。1月中にもう1本ちゃんとしたエントリーを書こうと思っています。多分アメリカの貿易赤字や為替やクレジットマーケットの話で。こんないい加減なブログですが今年もよろしくお願いいたします。
Posted by: 馬車馬 | January 06, 2007 at 06:18 AM