今週のThe Economist: ガザ:正当なこと、そうでないこと
原題:Israel’s war in Gaza: The rights and wrongs
明けましておめでとうございます。更新が大きく遅れてごめんなさい・・・という話は、最近毎回書いているような気がするのでサブブログの方に譲ることにします。今年はもう少し頻繁に更新できるといいのですが。
さて。ガザが大変なことになっている。この件がしんどいのは、誰に聞いても現実的な解決策が出てこないという点だ。そうなると、「イスラエルの行動の何が間違っていて、どうすべきだったのか」という筋での議論は著しく困難になる。何を言っても説得力がないのだからしょうがない。で、その代わりに、これは戦争ではなく虐殺だ、人道上看過できない、学校に砲撃を加えたことで国際世論を完全に敵に回した、と言った半ば情緒的な議論が増えることになる。
別にこういう意見を批判するわけではない。パレスチナの側からみればこれは確実に虐殺であり、人道上問題があるのも明白であり、当初はある程度抑え気味に報道していた欧米のマスメディアが、地上戦開始以降イスラエル非難を強めているのも筆者の見る限りでは事実なのだ(それはそれとして、イスラエル内部での意志決定プロセスに問題があるかも、と指摘したこのNYTimesの記事は結構面白い。どこまで信憑性があるのかは不明だが)。
だが、それだからこそ、そういう情緒的な議論に流れずに踏ん張ったThe Economistの以下の記事は価値があると思う。わずか1ページのまとめでここまでバランス良く書き上げるのは簡単なことではない。こういう記事こそが多く読まれるべきだと思うのだが、残念ながらこの記事の翻訳はどこにも見あたらない。そこで、以下で少し紹介してみることにしたい。普段は「今週のEconomist」と書きつつ7割は筆者の勝手な私見を垂れ流しているのだが、今回はもう少し引用多めで(そもそも、自分自身も不案内な分野なので、垂れ流すほどの私見もない)。
『ガザ侵攻の規模と残忍さは衝撃的であり、非戦闘員の傷つく姿に我々は心を切り裂かれた。これは実に嘆かわしいことだが、しかしそれでも、ハマスのロケット弾攻撃に対処すべく軍事手段へと訴えたイスラエルの選択は驚くには当たらない。この戦争は長い時間をかけて作られてきたのだ。』
『イスラエルがガザから入植民と兵士を撤収させてから3年、ガザの複数のパレスチナ人グループは数千もの原始的なロケット弾と迫撃砲をイスラエル本土に打ち込んできた。この攻撃で死んだイスラエル人はごくわずかだったが、周辺の南イスラエルの生活は脅かされてきた。ハマスがエジプトの要請を無視して6ヶ月間の停戦協定の更新をしないと宣言した12月19日から、イスラエルが空爆を開始した27日までの8日間で、彼らは約300発のロケット弾を発射した。この意味では、「ハマスがイスラエルを挑発したのだ」と言って良い。』
『ガザ撤退からの3年で、迫撃弾で殺されたイスラエル人なんて10人もいないじゃないか、と対岸から言うのは容易いことだ。だがまさにイスラエルがそうであるように、選挙を控えた政府が、毎日街へと浴びせかけられる迫撃弾をそのまま放置することなど出来はしない。例え対抗策にまるで効果がなかったとしても。7月にイスラエルを訪れたオバマ次期大統領はこう言った。「もし誰かが娘二人の眠る我が家をロケット弾で狙っているとしたら、私はそれを阻止するためにあらゆる手段を執るだろう。イスラエルもそれと同じ事をすることになるのだろう。」』
以下、全文訳になってしまうと色々問題がありそうなので少し省略する(出来ればしたいところなのだが)。ハマスがより強力な武器を密輸しており、これがイスラエルには看過できないということを指摘している。イランから強力な武器を供与されて今も健在なヒズボラのような組織を、ガザにもう一つ成立させるわけにはいかないからだ。
『しかし、イスラエルもまた世界中で激発する憤慨に驚くべきではない。これは単にF-16を飛ばしている側の国を人々が応援することなど滅多にない、というだけの理由ではない。一般的に言って、戦争を正当化するには3つの条件が必要になる。戦争に至る前に、それ以外の方法で自国防衛を図る努力を十分に行っていること。攻撃の規模が戦略目標と釣り合っていること。そして戦略目標を達成出来る可能性が十分にあること。これら全ての点において、イスラエルの因って立つ主張はぐらついている。』
『イスラエルがガザからの砲撃に長いこと耐えてきたのは事実だ。だが、砲撃を止める手段が他になかったといえるかどうかは疑問だ。イスラエルのガザ地域に関する唯一の要望が国境付近の安寧であった、とはとても言えないのだから。イスラエルは原理主義的なハマスの勢力を削ぐために、比較的柔軟で世俗的なファタハの治めるヨルダン川西岸地帯への援助を強化する一方で、ガザに対しては経済封鎖を敷いてきた。今は期限切れとなってしまった停戦協定の間ですら、イスラエルは人道援助のほとんどをガザの国境で差し止めてきた。つまり、ハマスがイスラエルを挑発したのが事実だとしても、ハマスもまた「挑発したのはイスラエルの方だ」という資格がある。もしイスラエルが国境封鎖を解いていたなら、ハマスは恐らく停戦協定の延長に同意していただろう。実際、ある見解では、ハマスが戦闘を再開したのは、国境の開放を条件に織り込んだ上での停戦協定をイスラエルに強いるためであるとしている。』
『攻撃規模と目標の釣り合いについては数字が語ってくれる-ある程度は。最初の3日間で、パレスチナ人は350人が殺された一方、イスラエルの死者はわずかに4名だった。常識から言っても戦則から言っても、「より多くの敵を殺しつつ、より多くの味方を生かすべし」という原則を守ったことでイスラエルが非難される謂われはない。こんな非対称戦を選んだハマスが愚かなのである。しかしパレスチナ人の死者には7人の非戦闘員が含まれており、それ以外も兵士と言うよりは警察官と言うべき人間が多く含まれていた。アフガンとイラクに展開する西洋軍とその敵との双方が遥かに多くの非戦闘員を殺害してきているとは言え、イスラエルは非戦闘員の殺害を最小にとどめる努力をすべきだ。爆撃を加えているパレスチナ人は、今後も永遠に隣人なのだから。』
『そして最後の点が攻撃の効果についてだ。イスラエルは当初、(その本心としてはハマスを打倒したいにせよ)現在の作戦はハマスの国境近辺での砲撃を止めさせることを目標としている、と言明した。しかしイスラエルが2006年にレバノンで学んだように、これは簡単なことではない。ヒズボラがそうであったように、ハマスはイスラエルに抵抗することで支持と戦力とを集めてきた。彼らが膝を折ることは考えにくい。ハマスは例えどんな被害を受けようと、イスラエルをガザの入り組んだ市街と難民キャンプでの厄介な市街戦に引きずり込むまで砲撃を止めはしないだろう。ヒズボラがそうしたように。』
『イスラエルはこれほど早くレバノンでの教訓を忘れてしまったのだろうか?それはない。言うなれば、今回のハマスに対する一連の作戦はヒズボラに対してした失策の挽回を企図している。イランに核保有の兆しがあり、そしてヒズボラとガザへの影響力を拡大しつつある中で、イスラエルはこのユダヤ人国家がまだ闘い、そして勝利を収めることが出来る国家であることを今一度示さなければならない。まさにこの理由から、長期戦になると彼ら自身が言及しているとしても、彼らは即時停戦に対して実際には柔軟な態度を取るだろう。主要な攻撃目標は既に空爆で破壊されている。これ以上の軍事的成果を得るのは困難だ。もしハマスが本当に砲撃を中止するのなら、現時点での停戦はイスラエルの軍事的抑止力のリハビリが成功した証として選挙民にアピールすることが出来る』
以下更に続くが、訳は控える。結局はアメリカの仲介が不可欠であること、ファタハのアッバス大統領はパレスチナ国家樹立のためにイスラエルとの対話を続けているが、パレスチナ自体が分裂しており、しかもハマスはイスラエルを国家として認めてもいないことなどを挙げ、楽観悲観を織り交ぜて文章を締めている。最初に書いたように、この件で「現実的で人道的で平和的な解決策」を立案できる人間は一人もいないのだからこれはしょうがないのだが。
為政者にとっての正当とは何か
最初にも書いたとおり、そしてエコノミスト誌も指摘するとおり、イスラエルの行動は国際社会からの非難に値する。だが、少し視点を変えて、イスラエルの為政者が為政者たり得ているかを問うたとき、彼らの評価はどうなるのだろうか。為政者の基本的な責任は国民の衣食住、そして安全の保証にある。そして、為政者が他国の利益を尊重するのは、そうすることで回り回って自国民の利益になるときだけだ。ロケット弾が毎日飛来し、何分の一かの確率で自国民が殺害される恐れがある。一方で、開戦すれば敵国民が1000人死ぬ。単純化してこの2つだけを天秤にかけたとき、「人道上の理由」から開戦を思いとどまるという選択肢は為政者として正しいのだろうか(注)。もっと踏み込んで書くと、敵国民を危険にさらしたイスラエル首脳部と、自国民を危険にさらしたハマス首脳部は、どちらがより為政者として不適格であり、どちらがより大きな非難に値するのだろうか。
繰り返し書くが、そうであれ、無関係な第三者たる我々には「人道上の理由」でイスラエルを安全な対岸から非難することが出来る。だが、エコノミスト誌も書いているとおり、それが安易な非難であることもまた確かなのではないかと思う。
(注)もちろん、話をややこしくするのは簡単だ。国際社会からの非難、それに伴う外交上の困難はNYTimesも指摘していた。ただし、現時点でイスラエルは外交上特に失った物はないこともまた確かだ。とりあえずアメリカさえキープしておけば国連は無力化できるし、アラブについてはエジプトと連絡を密にしておけばとりあえずは何とかなる。むしろ、エコノミスト誌が指摘するとおりイランへの牽制になるならば、差し引きはプラスかもしれない。
国内政治に目を向ければ、支持率トップを走る右翼政党リクードの党首ネタニヤフはパレスチナ国家を認めないと主張してシャロン首相と激しい政争を繰り広げた人物な訳で、彼が首相になればせっかくうまくいきかけているヨルダン川西岸地帯の動静も危うくなる。それを防ぐためにも、オルメルト首相は自分が自国民を護る指導者であることを国民に見せつけなければならない(首相自身は引退を表明していたはずだが、NYTによれば、三頭体制を形成する外相のリブニ氏と前Chief of staffのバラク氏は続投を望んでいるのだそうである。)。


Comments
RSSに久々にエントリが上がってたんで駆けつけました。
サブブログを持ってらしたんですか。どちらに公開されてるのでしょう?
わりと馬車馬様の文章に飢えてるのですが(笑
この記事JBPressに和訳が上がってました。
お知らせまで。
Posted by: Cru | January 08, 2009 at 11:21 PM
パレスチナ自治区のゲットー化を阻止できない為政者は間違いなく、有権者から無能だとみなされると思います。自国民の犠牲を伴ってでも経済を初めとする基本的権利を回復しようというのは植民地独立の例を引くまでもないでしょう。
イスラエルが自国民の安全を優先させるなら、オスロ合意の遵守を初めとするオプションがありました。しかし、彼らはハマスの自爆テロに過剰に反応し、守るに不向きなガザを撤退という名の下にゲットー化し、西岸ではおいしいところをつまみ食いして残りカスをパレスチナ側にくれてやることによってパレスチナ側の不満、つまり潜在的脅威を放置したわけです。
自国民の犠牲は一名たりとも許せない、というのは感情からすれば当然ですけどそのために翌年以降も別のやり方で殺されたり、ひいては自国が滅亡したら100代先まで亡国の徒、と味方から罵られるのではないでしょうか?敵を何人殺したかではなく(まるでマクナマラだ)、安全保障を含めた長期にわたる国家的利益を確保できるのがよい為政者だと思います。
宗教的衝動を抑える事ができず、パレスチナ自治領というおもちゃを手放せないイスラエルが作り上げた「ダークサイド」、それがハマスのような気がします。
Posted by: name | January 09, 2009 at 03:14 AM
こんにちは
こちらに該当記事の全訳があります
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/399
Posted by: riki | January 10, 2009 at 01:56 AM
Cruさん、コメントありがとうございます。
そういえばリンクを張るのを忘れていました。
http://d.hatena.ne.jp/workhorse/
になります。(こちらは適当なことをたまに書いているだけで、ご覧頂くのは少々気恥ずかしくはありますが)
それにしても、全訳あったんですね・・・。ただ、お教えいただいたサイトは結構便利そうです。Economistもとても毎週全ての記事を追うことは出来ないので、こちらで落ち穂拾いをしていこうと思います。
Posted by: 馬車馬 | January 11, 2009 at 05:33 AM
nameさん、コメントありがとうございます。
後でまたエントリーを挙げるかもしれませんが、nameさんの文章中のイスラエルをハマスに入れ替えても殆ど文章が通ってしまうと言うことにお気づきでしょうか。
ハマスというのはオスロ合意に当初から強硬に反対し続けており、ファタハと派手な内戦を繰り広げてガザを占拠し、その後も無駄にイスラエルを挑発してはガザへの侵攻を招き(2006年と今年)、そうすることで支持と海外からの資金・武器を集めてきた組織です。
自国の滅亡を招き、といっても、現在滅亡に瀕しているのはハマスであってイスラエルではありません。既に中東からすら見捨てられ、頼る味方はイランとシリアとヒズボラの3国しか無くなってしまった現在、わずかな判断ミスすら組織の壊滅に直結することすら理解しているとは思えない彼らの行動には救いがたいものがあります。
殺された無辜の赤ん坊の亡骸をカメラに晒して怒ってみせるならば、まず彼らを護る努力をすべきです。私がハマスよりはイスラエルにシンパシーを感じるのは、「自国民の血を流すことで自らの政治目標を達成しようとする」ハマスの有り様を支持し得ないという1点に尽きます。
宗教的衝動で色々なものを台無しにしてきたのはイスラエルとパレスチナ双方に言える点だと言うことは理解してください。その上でイスラエルは大いに非難されるべきだと思いますし、それはハマス、そしてそれを取り巻く周辺諸国についても同じ事です。ハマスというのは、単純にイスラエルだけの影な訳ではありません。発祥のエジプト、事実上親分格のイランやヒズボラ、様々な思惑の重なりの上に存在しているのです。
Posted by: 馬車馬 | January 11, 2009 at 05:48 AM
rikiさん、ご紹介いただいてありがとうございます。検索の手間が省けました。
しかし、最近は便利なサイトが増えているのですね。もっとたくさん訳してもらえると助かるのですけど。(有料ならサービスがあるようですが、それだったら自分で読むよ、となりますし)
Posted by: 馬車馬 | January 11, 2009 at 05:54 AM
馬車馬さん、反応ありがとうございます。前回のコメントですが、本文中の「パレスチナ人の死者には7人の非戦闘員が含まれており」という部分に違和感を覚えたのがきっかけです。
>> 文章中のイスラエルをハマスに入れ替えても殆ど文章が通ってしまうと言うことにお気づきでしょうか。
私もEconomist記事中のオバマの発言を読んで同じ事を思った次第です。「ロケット弾」のくだりは「ブルドーザー」が適切かと。「どちらが始めた?」という議論は「Proportional to what?」にゆずります。
元々中東諸国は、世俗的政策を取る国(エジプトなど)・穏健イスラム主義を取る国(サウジなど)、どちらもイスラム復興運動に冷淡です。シリアは領土問題(ゴラン高原)が決着しておらず、またイランは現在の政体の成り立ちからも共産主義で言うところの「世界革命」指向が強く、その一環としてヒズボラを長年サポートしてきました。で、ヒズボラはイランなしでは間違いなく成立しない集団ですが、ハマスはエジプトのムスリム同胞団の流れを汲んでおり、トップダウン的・合目的組織というよりもむしろ自発的にコミュニティから立ち上がった政治運動の性格が強いのが特色です。
イランは資金援助はしても、教義的に相容れる訳もなく(ハマス=イランの傀儡という論調がNYTなどに見られ、気になります)、シリアは駆け引きの一環としてサンクチュアリを提供しているだけです。
精緻な統治組織ではなく再生産可能なテクノクラート(宗教関係者)が運営する分散型組織のハマスをイスラエルが根絶やしにするのは、次エントリーで馬車馬さんがふれたように核でも使ってパレスチナ人を皆殺しにするか、グリーンラインの外へ数百万人もの人々を追放するしかなさそうです。しかし、いかにユダヤロビーがパワフルといっても、こうした政策では国際世論、つまりイスラエルに年間数十億ドルのオーダーでODAを供与しているアメリカを納得させるのは困難です。
パレスチナ自治区、特にガザの人々は経済的に困窮しており、失うものは命だけしかないといった状況です。「人間の盾」による損失などなどこれからも続く状況に比べたらガザ住民の多くが許容範囲だと考えているのではないのでしょうか。現状固定により未来が拓けない、という恐怖は今まさしく、ガザ住人が共有する感情だと思います。赤ん坊の骸が事態を好転させるなら、ユダヤ人だって1943年のワルシャワで同じ戦略を取るかもしれません。彼らが考える自国民の命の重さは私たちからすればひどく軽く感じられますが、これは文化的差異というよりも置かれている状況の違いと私は理解しています。
もちろん、現在のイスラエルはそんなアプローチは取らないでしょう。しかし、オスロ合意のカウンターパートであるファタハを軽んじ、西岸への入植者を増やし、イスラエルの壊滅を叫ぶハマスの伸張を結果的に助け、無駄なテロで自国民の生命を消耗しているイスラエルにもまた、共感する気にはなれません。意図した訳ではないでしょうけど、右派を助ける生け贄みたいなもので、パレスチナの犠牲者との対称性が感じられます。
で、そうした内在的矛盾を放置したまま今回の侵攻に90%もの国民が賛成するイスラエルという国に、中東随一の民主主義国家で洗練された「原理主義」が体現されているように思えた次第です。
Posted by: name | January 12, 2009 at 06:41 PM
連投すいません。
前言一部撤回です:
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/4795574.stm
思いっきりサポートしてますね・・・
失礼しました。
Posted by: name | January 12, 2009 at 06:54 PM
人道上の非難は倫理的にはやってもいいが、当事者にとってそれがどう響くかというのは難しいですね・・・自国民が危険に晒されているのに何もしないのは統治者失格というのは恐らく厳然とした人類社会のルールというか普遍的な価値観なんでしょうけど、そういう事情を抱えたところに外野からする人道上の非難というのはいかほどの意味があるんでしょうか。
何の強制力もないところに倫理的な非難をするのは意味があるのだろうかと常々考えているのですが、このあたりは何をツールとして考えればいいのでしょうか。
それはそれとして、自国民を守る価値観などないという立場ならハマスのように人間の盾を使うのは有効ではあると思います。彼らにシンパシーは感じないという感情は非常によく分かりますが、意識してそういう戦術を採っていて、勝利への道筋が見えているとしたらそれはそれで戦術の一つではないかと思います。もっとも個人的にはこれは出口が見えないので戦術のための戦術という感が否めませんが。
最後に、更新お待ちしておりました。非常に面白いので馬車馬さんの記事はもっと読みたいのですが・・・
>nameさん
イスラエルに共感することも出来ないとのことですが、じゃあ「共感できないから(=人道上の理由で)イスラエルを非難」したところで彼らの戦闘行動を止めるどれほどの力になるだろうか、というのがこのエントリの主旨だろうと思うのですが。
あと、核でも使ってパレスチナ人を皆殺しに~のくだりですが、実際にやることに意味があるのではなく(実行可能性は重要ですが)、イスラエルがパレスチナ側に「脅し」として示すことに意義があるというのが次エントリでの馬車馬さんの主張だと理解しているのですが。
Posted by: tackman | January 13, 2009 at 12:42 AM
>tackmanさん
反応、ありがとうございます。
私事で恐縮ですが、私が皮膚感覚で共感を覚えるのはイスラエルの方です。これは私がイスラエルを観光客として訪問し、その欧米的風土に感嘆し、アラブ各国は仕事で出張して、「開放感」を感じられなかったという個人的経験によるところだと思います。ことさらパレスチナ側に肩入れするのは affirmative actionの一環だとご覧になられても差し支えありません。
「核」のくだりですが、イスラエルは核抑止力を国家存亡(領土と文化の保全)に限ってます。第四次中東戦争(1973年)ではイスラエルは第三次中東戦争(1967年)で獲得した領土での敗北を喫し、戦略的縦深を失うのを恐れ、ダマスカスとカイロへの核ミサイルの発射を準備しました(米ソは核戦争の準備をしましたが、イスラエルが戦線を持ち直してこれは杞憂に終わりました)。
核兵器は手持ちの最低限のチップを規定するものです。20世紀半ばに、ダレス国務長官はチップの上限を日本に置いたかのような声明を発して、金日成による韓国への侵略を誘発しました。お互いの許容できる「最終防衛ライン」は一致しません。当時のヨーロッパを例に取ると、双陣営の真っ正面はドイツだったらベルリンのチェックポイント・チャーリーになり、毛沢東がいうところの「農村」はギリシャ・ユーゴ・アルバニアに限られていました。朝鮮戦争ですが、アメリカは日本を失わべからざる手駒とし、中国は自国国境を「最終防衛戦」とみなしていたわけです。ここに「朝鮮半島」というグレーゾーンが生じて、その意識を米ソ共に共有していたから、マッカーサーが中国に原爆を落とすと息巻いて(アメリカ首脳部に)罷免されたわけです。許容不可能なゲームは核抑止力の対象となりません。で、パレスチナ自治区の連中も存在自体はイスラエルと国際世論にとって彼らの存在が「許容不可能」とされていない以上、核抑止力の対象には至らないわけです。
エコノミストの記事は、ケンカと戦略的撤退に慣れたイギリス人らしく、「(パレスチナ人の)人口爆弾っつーアレがあるからどうやって手打ちするの?」という論調と私は読みました。よろしかったらオルメルトの東エルサレムに対する政策でもGoogleで引いてみて下さい。「損害の均衡」というのは外野にとっては、判断の軸にするべく道徳的に誘惑のデカい題材です。ベトナムとアメリカが「不均衡」な損害を脇においてでも国交を回復したように、たいていの紛争は経済的利得の帳尻合わせで、持てる者(イスラエル)が持たざる者、無敵の人(http://www.asks.jp/users/hiro/46756.htmlパレスチナサイド)に譲歩しない限り、ポテンシャルエネルギーを最小化するという双方にとって最大限の利得がある命題を満たす事は難しいのではないかと思ったわけです。
とはいえ、イスラエル人が現在感じている「未来(具体的には人口爆弾)」とパレスチナ人が感じている「現在」への絶望は、両者にがぶり寄る文学的なアプローチが有効なのではないかな・・・と夢想した次第です。
「少数派」という未来、銭湯の書き割りのような「無力な人々」という想像力が、自己酵素となって、当事者同士を害しているのかな・・・と約60年前にユーラシア大陸での撤退戦に失敗した連中の子孫の一人がが言ってみた次第です。
Posted by: name | January 13, 2009 at 11:32 PM
nameさん、コメントありがとうございます。
イスラエルの側も突っ込みどころ満載だという点については全く同意です。交渉相手に対する不寛容、または、譲歩に必要な国内世論のとりまとめが両者共にきわめて困難だと言うことが、互いに後ろ暗いところがありすぎるgridlockを生んだように思います。今から言っても詮無いことですが。次エントリの最後に書きましたが、The Economistの今週号の巻頭記事を読んでいると本当にやりきれなくなります。
ハマスがイランの傀儡ではないという点には私も同意します。そもそもスンニ派ですし。シリアと同じで、敵の敵だから援助をしているという事なのだと思います。ただし、現時点では最大のスポンサー(特に武器供与という点では)でしょうし、それなりの影響力を保持していると考えるべきだとは思うのですが。
サウジや他国のハマスへの援助についてですが、記事をご紹介いただきありがとうございます。サウジがアメリカの要請も断ってハマスにも資金援助をしていたとは知りませんでした。ただ、これが2006年の3月と言うことは、選挙に勝って新政権を組閣する直前ですよね。サウジはパレスチナ自治政府の最大のスポンサーであり、その自治政府の主にハマスが収まっても援助を止める気はない、というのがサウジの態度だったわけで、これがその後の泥沼の内輪もめでどういうお金の流れになったのかは少し興味があります。
人間の盾のコストが小さい、というのは、私も次のエントリーを書いていて行き当たりました。それまではハマスの行動を合理的に読み解くのはあきらめていたのですが、物資が極端に不足するガザでは、極めて高い出生率に支えられた若年層というのは唯一潤沢な資源なんですよね。このエントリーを書いた段階では「国民の命は最優先課題」という単純な発想を前提に書いていたのですが、ちょっと短絡しすぎました。自爆テロ対策・武器密輸対策としてのガザ封鎖は必ずしも否定されるものではないと思いますが、一般物資の流入まで大きく押さえ込んだために、政治的自爆テロとでも言うべき事態を招来してしまった(そこまでやってもハマスへの支持が失われないという意味で)のはイスラエルの失策であると思います。
オスロ合意という、懸案事項を全て後回しにした暫定協定を、より実のあるものにすべく努力すべき時に、兵隊引き連れて聖地訪問を行い、パレスチナ人の神経を逆なでしたシャロンとか、イスラエルの軽率な行動はうんざりさせられるものがあります。しかし、PLOの側もこの直前、キャンプ・デービットでのバラク首相のガザ・西岸地帯返還(100%ではなかったのですが)案を拒絶しているわけですし、その前後にしても自治政府内部の意見集約(特にハマス)に失敗し、交渉当事者としては相当に出来が悪かったと記憶しています。どちらにせよ、右派を助ける生け贄(というか、右派政権時代の負の遺産と言うべきでしょうか。特に入植地など)としてのイスラエル人の犠牲という側面はごもっともだと思います。
もう一つの大変興味深いコメントについては明日改めてコメントさせていただきたいと思います。
Posted by: 馬車馬 | January 14, 2009 at 09:14 AM
tackmanさん、コメントありがとうございます。長いこと更新をサボっていてすみません。先週数年がかりのプロジェクトをようやく終えることが出来まして、今年はもう少し時間がとれたらいいな-、と思っているのですが。
結局、価値観というのは比較の効かないものですから、共感して受け入れる、共感できないので拒否する、という二択になってしまうような気がします。ロジックとか、もう少しcomparableなものであれば、説得する、というもう少し積極的なアプローチもありうるのですが。倫理的な、またはそれ以外の何らかの価値観に基づく非難が意味を持つのは、おっしゃるとおり、非難する側がそれを押しつけるだけの強制力を持っている場合くらいしか無いように思います。しかし、昔の宣教師とかは、布教という名の価値観の押しつけを強制力抜きで実行していたわけで、何か見落としていることがあるのかもしれませんね。
人間の盾も戦術、という点は私も全くその通りだと思います。ちょっとこのエントリーでは考えが足らず、知らず知らず感情論に流れてしまいました。この政治的自爆テロはそれなりの合理性を持っていることは認めざるを得ません(次のエントリーで書いたとおりです)。自国民保護優先と言うのも価値観のひとつに過ぎず、それだけを基に戦略の是非を判断するのは片手落ちですね。ハマスにとって、自国民の命は「地球よりも重い」わけでは無いことは自明ですし。出口が見えないのはおっしゃるとおりですが、ハマスに出口が見えないのは今に始まったことではありませんので、出口がないなりに事態が改善できれば、戦術の合理性は主張できそうな気もします。
Posted by: 馬車馬 | January 14, 2009 at 09:44 AM
nameさん、ちょっとコメントに横入りする感じですが、非常に面白いコメントでしたのでちょっと語らせてください(tachmanさんとnameさんのコメントの趣旨からは少しずれてしまいますが)。
核が抑止力として機能するのは、互いの最終防衛ラインが侵されそうになる時だ、というのは大変に面白い指摘だと思います。nameさんのコメントを私なりに解釈すると、マッカーサーの核攻撃発言が、昔も今も自衛のための抑止力としては認識されていないのは、アメリカの最終防衛圏に朝鮮半島が含まれていなかったからだ、となるでしょうか。そのグレーゾーンで起きた朝鮮戦争は、自衛のためのしっぺ返しとしての戦闘ではなかったと言うことになります(それゆえに、しっぺ返しの無限連鎖は起こらず、手打ちもしやすかった)。
私が次のエントリーで書いた「しっぺ返しが強烈であればあるほど、しっぺ返しの発動はぎりぎりまで抑制される」というのは、この文脈で書き直すと、核という究極のしっぺ返しは、これ以上の妥協は一切あり得ないという最終防衛圏を侵されたときにだけ発動されるべきもの、と言うことになります。敵国はこの最終防衛圏がどこであるかを大体知っており、それに基づいて攻撃を控えるようになるので、しっぺ返し戦略が抑止力として機能する、と。
問題なのは、まさにイスラエルとパレスチナがそうなわけですが、互いの最終防衛圏が重複しているケースです。この場合、「互いにしっぺ返しを恐れて協力関係を維持」という状況は最初の1フェーズすら成立せず、突然「お前が国境を侵したんだ!」「いやお前が侵した!」というしっぺ返しの連鎖が発生します。つまり、最終防衛圏が重複している時には、しっぺ返し戦略は戦争の抑止力としては機能しません。イスラエルの抑止力戦略が中東諸国に対しては機能したのは、中東諸国とイスラエルはそれぞれの絶対防衛圏が重複していなかったためであると。
そう考えると、イスラエルが今後もしっぺ返し戦略を基本ドクトリンとして使用するつもりなら、互いの最終防衛圏を重複のない形で再設定する必要が出てきます。バラク提案のように、当面はガザと西岸地帯の大部分を返還し、残りの入植地は後日返還、それまでは入植地とグリーンライン近辺を国境紛争地帯として両国の最終防衛圏の外側に置く、とか。もちろん、最終防衛圏というのは軍事よりも政治で決まる範疇の事柄であり、こんな都合の良い色分けが出来ないから困っているのですが。
そう考えると、ハマスに対してしっぺ返し戦略を適用するのはやはり抑止力としては効果が薄いと言うことになりそうです。ミクロにみると、今回ハマスが砲撃しているのは明らかにイスラエルの最終防衛圏の内側なので、これに対して十倍返しを敢行することは十分に筋が通っているのですが。今回のガザ侵攻に対する支持率が90%ということをご紹介いただきましたが、こう考えると、90%という数字は、イスラエル人の原理主義的志向というよりも、彼らが心に抱く最終防衛圏がどこにあるのかを示す数字なのではないかと思います。もしロケット弾が西岸の入植地に向けて行われていた場合、支持率はどうなっていたのでしょうね。彼の入植地は、イスラエル国民にとって今でも「あらゆる犠牲を払ってでも死守すべき我が故郷」なのでしょうか。
オルメルトが両占領地の完全返還を主張したのは汚職で辞任声明を出した後だと思っていたのですが、結構昔から言っていたのですね。その意味では、彼は正しくバラクの後継者と言うことでしょうか。人口爆弾の恐怖、というのがイスラエルでどう受け止められているのかどうかが私にはよく分かりません。この出生率の格差がある以上、パレスチナ人全員にイスラエル国籍は出せない→住む場所を与えてイスラエルから分離、と言う結論に行くだけで、恐怖の対象になるのかなぁ、と。
自己酵素というのは面白い表現ですね。自分の置かれた状況への認識・想像力が行動を縛り、それが更に状況をロックインさせていく、ということでしょうか。
Posted by: 馬車馬 | January 14, 2009 at 11:16 AM
遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
復活嬉しいです。
しばらく全くエントリーなかったので、金融危機だったこともあり、ちょっと心配しておりました。
中東問題に詳しい知人によると、ハマスっていうのはもう命が失われることなど、なんとも思っていないと。
なので紛争に至ったのはハマスの思うが壺であると。
その人はもともとパレスチナ側の味方なんだけど、今回はリブニが理解できるとかなんとか。
私が思うには、これはまだブッシュ政権のうちにハマスを徹底的に叩いておくという計画でしたね。理由は選挙で勝つため。それまでの状況だと確実にリクードが政権奪回するので長期的にみてますますひどい状況になることが予想されました。
私がオルメルト、リブニ、バラクの立場におけば、多分こうするしかなかったというのは理解できます。
オバマはイスラエルを非難する言動はとっていませんが、これは彼が賢明だからだと思います。人事では親イスラエル的な人物を重用したにも関わらず、全体の方向性をみれば、中東原油からの依存を減らそうと真剣に考えていることが読み取れます。財政赤字が1兆ドルに達しようとしており増税も難しいのですから、間違いなく世界的に米軍のプレゼンスを削減してきます。徐々に中東は欧州に任せるという方向に転換していく気がします。
EUはロシアへのエネルギー依存度を減らしたいので、中東に関与していこうという動機は十分あります。
Posted by: のびい | January 18, 2009 at 06:18 PM
のびいさん、明けましておめでとうございます。
ご心配をおかけしました。ここ数年来の仕事が長引いて、次の仕事と重なってしまい、どたばたしておりました。やっと片方の仕事を(ほぼ)片付け、もう片方に集中できるようになりましたので、ブログを書く気分的な余裕も出てきました。とはいえ、また週末に(しかやる時間がとれない)仕事が入りそうなので、このさきどうなるやらという感じなのですが。
正直、バラク=リブニ=オルメルトの路線はそれなりにまっとうな落とし所だと思うのですが、まっとうなだけではどうにもならないのが今の問題の難しいところで・・・。とりあえず、リクードの中の穏健派は確かシャロンが党を割ったときに出てきてしまって、今は更に右寄りになっていたはずですし、このタイミングでのネタニヤフは勘弁願いたいところなのですが。
オバマの中東政策は全然フォローしていなかったのですが、アメリカとしては介入の余裕はないでしょうねぇ。ただ、アメリカ以外に適当な仲介役も居ないこともまた確かですし(今回のサルコジの仲介はあまり成功しなかったとみるべきだと思うのですが、いかがでしょうか)。ヨーロッパに介入の動機はありますが、いざとなれば首根っこをひっつかんでも、というほどの力はないですから、結局話がまとまらないまま終わってしまいそうな気もします・・・。
Posted by: 馬車馬 | January 20, 2009 at 09:43 AM
お返事遅くなりました。私は今回のサルコジの介入は形だけだったのかなと思っています。やっぱり本質は選挙対策ですし、和解を重視する穏健派ユダヤ勢力にとってはむしろリクードの政権奪回は避けたい事態だったでしょうから。結局のところ誰が首相になるのか微妙な選挙結果でしたね。
やっぱり最終的に力があるのは米国であることは間違いありません。欧州はまだ完全に一体化しきれていませんし。
やっとのことでEU予算の大半を占める農業予算を削るという話になってきてはいるようですが。財源が主として各国の分担金であるというところが予算を組む上で揉める根本問題です。しかしEU単位での付加価値税には反対が根強いようです。軍事的にもイニシアティブがとれるのはいつの話になるやらです。
Posted by: のびい | February 16, 2009 at 05:33 AM
のびいさん、リプライがまたしても遅れてごめんなさい。
リーバーマンがよりにもよって外相当確(?)という、色々と不安な流れになってきましたね。まぁ、ユダヤ教色が強いリクードとしては、宗教的にはリベラルなリーバーマンを内務大臣とかには出来ないんでしょうけど。
EUに関してはいよいよ各国の結束が試される展開になってきましたね。ドイツ国民などは地価上昇の果実も味わってこなかったわけで、尚更「他国の財政支援なんてやってられない」感が強いみたいですね。楽しみに観察しています。
Posted by: 馬車馬 | March 19, 2009 at 10:25 AM