英語って難しいよね (又は、英語の学び方について)
たまたま見つけたこちらのエントリーを読んで、少し英語学習の難しさを愚痴りたくなったので少し書いてみたい。しかし、こういう愚痴のようなエントリーを書くときだけやたらと筆が進むのは何故だろう。
日本人は英語が下手糞だというのは何よりも自分が身に染みて理解していることなのだが、個人的には英語教育以前の問題が原因としては大きいように思う。それは我々が使う日本語の問題であり、また英語の問題であって、教育のやり方がまずいという上のエントリーの主張は(事実だとは思うが)副次的な要素であるように思えるのだ。以下、少し説明したい。
そもそも、皆が当たり前のように習得しているので余り意識されないが、英語というのは必ずしも学ぶのが簡単な言語ではない。理由はざっと3点ほど挙げられる。
(1) 単語の数が多い
昔、日本語を勉強しているアメリカ人からこんなことを言われたことがある。"日本語って大変だな、英和辞書と和英辞書が同じくらい厚いよ"。何のことやらさっぱりだったので、こちらはぽかんとしてしまったのだが、彼の説明を聞くと以下のような話であるらしい。
英単語の数は他の言語に比べてずっと数が多いので、英○辞書が○英辞書と比べてやたらと厚くなる傾向があるのだそうだ。何故なのかは彼も"良く分からない"そうだが、フランス語やドイツ語からの輸入単語が多いことも単語数の増加に一役買っているらしい。特にイギリスでは、一昔前は上流階級がフランス語で会話していたせいか、今でもおハイソな文章にフランス語を混ぜたがる傾向がある(The Economistとか)。筆者のような英語を読むだけでも精一杯な読者には苦痛でしかないのだが。一方でドイツ語由来の単語はいわゆる労働者階級の人たちが使う英語に多いのだそうである。
話を戻すと、和英辞書と同じくらいの厚みを持つ辞書は仏英辞書くらいのものであるそうだ。もちろん、最低限生きていくのに必要な英単語の数は他言語と比べて大差ないのだろうが、少し気の効いた文章を読もうとすると、見たこともない単語やイディオムに頻繁に行き当って凹むことになる。
(2) 発音がややこしい
アメリカやイギリスの国語教育(要するに、ネイティブ向けの英語教育)で、一番の難関とされているのが実はこの発音(正確には、phonics)の問題だ。スペルを見てもどう発音すればよいのかまるで分からないのだから。eだけでも、単語によって実に12種類もの異なる発音が存在する(無声音も入れれば13種)。アメリカの子供が混乱するのも無理はない。結局、ただでさえ多い英単語のそれぞれについて、発音記号まで暗記させられる羽目になるのである。我々ノンネイティブが英語を学習するにあたって、一度はうんざりさせられるのがこの点だ。
英語の発音自体も、ヨーロッパ語圏の人たちにとってすら必ずしも簡単とはいえない。例えば、英語では子音をかなり強く発音する傾向がある。例えば、marketという単語では、k(とt)のところでつばを吐き散らかさんばかりの勢いで口の中の空気を爆発させる。アメリカ人の英語をぼやーっと聞いていると、歯から漏れるシュッシュッという音がやたらと耳に付くことがあるが、これはkやs、tなどの子音を英語が強調する傾向があるからだ。例えばイタリア語ではこれらの子音をもっとマイルドに発音するため(日本語により近い)、アメリカ人が聞くとtaがdaに聞こえたりすることがあるらしい。韓国人はpとfの区別が、タイ人はshとchの区別がつけられないし、どの国もそれぞれに得手不得手があるのである。
そしてもちろん、日本人にとっては英語の発音は難しい。これは主に日本語の問題だ。まず、母音があいうえおの5種類しかない。一方で英語は12種類、二重母音や三重母音まで含めれば25種類に及ぶのだから、単純な日本語の発音に慣れきった日本人が苦労するのは当たり前の話である。歴史の長い言語は次第に発音が簡略化されていくと聞くので、それが本当なら歴史の長い国に生まれてしまった不運とあきらめるしかない。
少し正確に書くと、重要なのは母音の数の違いではなく、舌と顎と喉の使い方の違いだ。日本語をしゃべる時、舌の使い方に気を付けてみてほしい。動いているのは舌先3分の1だけで、舌の根っこの方は全く動いていないことが分かると思う。歌でも歌わない限り、喉を絞って音を出すということもまずない。あごの動きや唇の動きも、英語のネイティブスピーカーと比べるとはっきりと小さい。
英語の場合、発音記号u:(moonなど)は舌の根っこを持ち上げて、喉を半分ふさがないとちゃんとした発音にならない。i:(feelなど)は逆に下の真ん中へんを目いっぱい持ち上げて音を絞り出す。同じ"イ"音でも、発音記号i:とI(visit)では舌のポジションが異なり、Iの方が"エ"音に若干近づく。どれも、舌をほとんど使わずに発音する日本人には難しい。
子音については、LとRなどの話は有名なので省略するが、他にも難しい発音は山ほどある。日本人は子音と母音を切り離して発音することに慣れていないので、tだけ、kだけ発音しているつもりでもついつい母音まで発音してしまう。筆者が不得手なのはdの音で、いくら気をつけてもdragonが"ドゥラゴン"になってしまい、d単独で発音できない。
(3) 文法はそれほど難しくない(?)
大概のアメリカ人は文法にそれほど頓着しない。というか、当の本人の書き言葉も怪しい場合が多々ある。正直、米人よりもドイツ人の方が英語の文法に詳しいのではないかと思うことすらあるほどだ。ただし、どんないい加減なアメリカ人でも、"三人称単数現在"のsを間違うと"さすがにこの文章はいかがなものか"と感じるらしいので、せめてその点には気をつけたい。
ただこの文法にも日本人の鬼門がひとつある。定冠詞(aとかtheとか)である。これは比較的シンプルでクリアな英文法にあって、完全には体系化されていない困った分野だ(つまり、直感で決めるしかない場合がある)。問題なのは、aを使おうがtheを使おうが文法的には全く問題ないにもかかわらず、その文章の意味はまるで違うものになってしまう場合があるという点だ。単なる文法間違いなら類推も利くが、定冠詞の間違いは得てして聞き手を混乱に陥れる。しかも、定冠詞なしには文章一つ書くことは難しいほどの頻出語句だから始末に終えない。
まぁ、筆者の友人のイギリス人は"定冠詞とか訳分かんないから私は一切使わないことにしている"と言い放っていたので、そこまで神経質にならなくても良いのかもしれない。ただ、これは酒の席でのコメントなので、彼女の非常に魅力的なアドバイスに従うならば自己責任ということでよろしくお願いしたい。
使える英語の学び方
とりあえず英語が難しいのは分かったとして、ではどうすればいいのだろう。前にも書いたが、"教育がいかん"というのは世の中の問題の9割くらいには適用可能なマジックワードであって、それ自体は全く正しいし重要なのだが、それだけではあまり議論にならないし、役にも立たない。
そこで、とりあえず学校教育はさておいて、現在進行形で英語に苦しむ者の経験を踏まえて、英語力を伸ばすために必要なことを考えてみたい。
とはいえ、必要な英語は人によって全く異なる。電子メールのやりとりだけの人もいるだろうし、とにかく大量の英語を読みこなさないといけない人も多いだろう。その当たりは適宜取捨選択して頂きたい。万人に最適な英語学習法など存在しないので。
A: 論理的に書き、論理的にしゃべる
のっけから英語じゃないじゃんよとツッコミが入りそうだが、結局これが一番有効なのだ。人間の頭はなかなか都合よくできているので、意味が取れる限り文法間違いも発音違いも頭の中で自動補正しながらふんふんと聞いてもらえる。逆に文章の意味が取りづらいと、自動補正が使えなくなって話し手の文法間違いや発音のミスがいちいち気に障り出す。こうなるとおしまいで、聞き手のイライラが伝播して話し手が委縮してしまったり、話し手まで感情的になってしまったりして商談やプレゼンは失敗に終わることになる。
ただし、英語で論理的にしゃべったり書いたりするのは実は結構難しい。ただでさえ英語を喋るのに必死になっているので、論理構成に注意する心の余裕がないし、そもそも日本人は若干の論理の飛躍に比較的寛容なので(筆者の主観だが、随筆的な文章は論理が飛躍しやすいように思う)、論理的にしゃべった(書いた)つもりでもそうなっていないことが多い。何かを書いた時には、文法のチェックは後回しにしてでもロジックがわずかな飛躍も無くつながっているかどうかを確認すべきだ。この逆をやってしまっている人は結構多いのではないだろうか。
B: 発音はあきらめる
英語の発音を習得するには2つのやり方があるように思う。ひとつは、リスニングを鍛えて英語の音を完璧に聞き取れるようになること。そうすれば、自分の発音のおかしいところが分かるようになる。ただし、これを読んでいるあなたが幼児ではないのなら、このやり方はかなりの時間がかかるのでお勧めしない。発音の習得という観点からは遠回りに過ぎるし、精密なリスニング自体大して役に立たない(LとRの聞き分けが出来なくて困る時というのは、相手の喋っていることが類推も出来ないという絶望的な状況なので、頑張ってもしょうがない)。
もしあなたが20歳を過ぎているなら、発音の独習は完全に時間の無駄なのであきらめた方がよい。自分の発音が間違っているかどうかも分からないのに、シャドーイング(確か、聞いた端からそれを繰り返してゆく訓練法のこと)なんぞやっても発音が改善するわけがないのだ。(発音の正確さにこだわらず、とにかく英語を口に出してみる訓練としてなら意味があるのかもしれないが)
一番効率がよい方法は舌や唇、あごの動かし方、それに喉の使い方を全て暗記してしまい、繰り返し訓練して更にそれを逐次ネイティブの先生にチェックしてもらうこと。この先生も、発音法についてしっかり学んだ人でないと良いアドバイスは期待できない。ただし、日本でこれをやろうとすると多分物凄いお金がかかるのだが。
つまりどうあがいても、発音教育にはコストがかかる。学校教育でまじめに発音を教えようとしたら、それこそとんでもない金額の予算が必要だろう(それ以前に人材の絶対数が足りない)。そしてそのコストに比して、きれいな発音が出来るメリットは小さい。意思疎通さえ出来れば、発音の善し悪しは大した問題ではないのだから。
ただし、これには大きな例外がある。もしアメリカ人と普通の友人(珍しい日本の知り合いではなく)になりたいのなら、やはり発音は大切だ。日常会話はロジックではない。突拍子もないことをジョークとして言いたくなるときもある。しかし、運良く絶妙のタイミングで絶妙のフレーズを思いついても、発音が悪ければ会話は途切れてしまう。こういう事が続けば、やはり友達関係にはどうしても「上限」が出来てしまう。このレベルで英語を使いこなしたいなら、やはり発音の練習は不可欠だ。ただし、これは渡米した後でも遅くはないと思うが。
C: 知ったかぶりをしない
これまた英語とは関係ないのだが、それでも大切な点なので挙げておきたい。英語でまくし立てられてしまうと、何を言っているかよく分からなくても、つい”oh yes”と分かったふりをしたくなるのは人情というものだ。しかし、これをやると次第に会話がかみ合わなくなっていき、お互い途方に暮れるというドツボにはまる。「英語が下手で何を言っているのか分からない奴」から「何を考えてるか分からない奴」にレベルアップしてしまいかねない。辛くとも分かるまで食い下がる姿勢は、特にアメリカでは重要になると思う。
この辺りを抑えておけば、後は英語学習法はオーソドックスなもので十分ではないかと思う。語彙を増やす。使えるイディオムや例文を暗記する。最低限の文法を理解する。本を読んでテレビを見る。大体、先人が百年前から英語に苦労していて、結果こういうやり方に落ち着いたのだから、そうそう更に効率の良いやり方が見つかるはずもないのだ。
お互い頑張りましょう(今苦労している人へ)。
本日のまとめ
英単語は多すぎる。
英語の発音は複雑すぎる。
英語の定冠詞は訳が分からない。
英語って難しいよね。


Comments
えっと、物凄いブランクを空けてしまって済みません。何度か再開しようとし、そのたびに下調べだけが済んだネタが積み上がっていくと言うことを繰り返してまして… (そして引っ越しをして資料が行方不明に…特に和魂洋才シリーズの次の回は論文の引用が多いので、資料の紛失は致命的なのです)
今年中に和魂洋才シリーズの今の章くらいは書き上げてしまいたいんですが(これ以上資料を紛失する前に)。どれだけの方が未だにこのブログを読んで下さっているのかは分かりませんが、どうかお見捨てなくよろしくお願いします。
Posted by: 馬車馬 | March 30, 2010 at 10:57 AM
いつも素晴らしいエントリーをありがとうございます。
英語、ひいては、他言語学習の根は、対人コミュニケーションそのものの難しさだなぁと感じました。
己の言い分をしっかりと整理し(A)、あなたに伝えたいことがある!という姿勢を恐れずに示し(B)、教わっている立場であることを謙虚に受け止める(C)…誰かに何かを伝えようと思ったら、ここまでするのが基本中の基本で、後に続く言語や文化は単なる道具に過ぎないものだと。
(勝手に解釈してしまって申し訳ありません。的はずれな点多々あると思います。もしご指摘いただければ、必ず修正いたします)
海外の友人と話す上で、決して初心を忘れることなく、少しずつでもバベルの塔を突き崩し相互の意見に近付いていきたいと、認識を新たにさせていただきました。
エントリーの間が空くことに関して、是非にも申し訳なくは思わないでいただきたいと心より願います。
良いものはいつ見たってやっぱり良いもの!です。書ける時こそ書き時!です。見ている者とて、読みたい時が読み時!なのですし。(笑)
まずは、何よりもご自愛ください。
Posted by: no name | March 30, 2010 at 01:00 PM
(1)漢字熟語とは、簡易辞書の機能を持っている。訓読みは、意味読みである。音読みとは、シンボル読みである。熟語を訓読みで読み解いて結合すると、その語彙についてのある程度の正確ではない意味の推測を与える。
(2)日本語は、漢字熟語のおかげで、高級語彙を使う人口が多い。反対に、英語では高級語彙の出現量は日本語に比べて少ないはずである。したがって、基礎的な英語学習では高級語彙を使わない方が良い。
(3)日本語の助詞は、対象と話者の間の生理・感情のような主観を封じた語である。英語の前置詞は、位置関係を与えて、それが主観に波及しているように思う。前置詞の身体感覚を学ぶ学習が重要だろう。
(4)日本語での論理は、助詞のために話者の主観が混じり、集合論理(全体「は」と部分「が」のような)を含んでしまう。だから、論理を扱う際の命題には、「が」は使わないなどの規則が必要だと思う。
命題:「AはBだ」で真偽を判定し、論理を構築すべき。「AがBだ」は使わない。
日本語で論理を構築する場合、助詞の話者主観性を排除する規則や技術が必要になるだろう。
Posted by: PK | March 30, 2010 at 09:52 PM
久しぶりにエントリーが読めて嬉しくなりました。
ちょうど、厩の方で触れられていた「日本人の英語」とその続編を読んでいる所です。
( 図書館で見かけないと思ったら、書庫に埋もれておりました… )
特に冠詞の話など目から鱗で、発売当時出会っていれば…と思った次第です。
次のエントリーも楽しみにしております。
Posted by: angel | March 30, 2010 at 10:15 PM
(5)日本語の謙譲謙遜表現は、日本語での会話において、
最初の話者が作り出した「対象と{てにをは}助詞と話者の構成物」を、次の話者が持ち回りする際の抵抗を少なくするために生じていると思う。
(6)言語学習で重要なのは、助詞+基本動詞や前置詞+基本動詞で、基本的な表現ができるようになることだと思う。中学校の英語教育で前置詞+基本動詞(have/take/makeなど)の身体性を体得するようにしたらいい
Posted by: PK | March 31, 2010 at 06:52 AM
いまでも楽しみにしています。
海外との取引で驚かされる商慣行の違いなど、ストンと腑に落ちる感じがして、和魂洋才シリーズは色々なところで紹介させていただいております。
僕も英語は苦手ですが、それを言ってしまうと母国語以外は全く駄目かも。
逆に日本語ってのも結構難しいんじゃないですか?文法なんかは結構フリーダムな癖に、「そういう言い方は、普通はしないよ」みたいなお約束事がやたらと多い気がします。
Posted by: 通行人 | March 31, 2010 at 05:35 PM
人間の言葉というのは、紙面上では横や縦に流れるが、現実には、口から次々に音が出て行くことであり、身体性からの遠近という語の分類があっても良いと思う。
※漢字文化圏では、その音をすぐに図像シンボルとして見える化して捉まえる。(表音文字圏でも高等教育を受けたものは同じだと思うが、漢字文化圏はより広範囲な人々が図像化する)
こういう観点で考えると、言語の幹は、助詞・前置詞と動詞だと思える。それだけは話者の身体性と密接に結びついているから。
だから、別の言語体系に移行するときには、その身体性と結びついた言語の核を獲得することが重要であるように思う。
Posted by: PK | April 01, 2010 at 06:53 AM
no nameさん、コメントありがとうございます。
数時間で推敲もせず一気に書き上げてしまい、
イマイチ整理されていない文章をきれいにまとめて
いただいてありがとうございます。
結局のところどうコミュニケーションをとるかが
問題というのはおっしゃるとおりで、語学はそのための
手段に過ぎません。本当は最後の段落でDとして「ユーモアのセンス」というのも書こうと思っていたくらいです
(学ぶものでもないような気がしたので消してしまいましたが)。
相互理解という点では、アメリカ人は比較的やりやすいと
思います。彼らはとことん突き詰めてくるので。こちらも
その分気合を入れる必要があるのですけれども。
お互いがんばりましょう。
Posted by: 馬車馬 | April 01, 2010 at 11:33 AM
ご無沙汰です。絶望的に英語から遠ざかった状態ですが、もともと英語に難がある者として勇気付けられるエントリーでありました。特に「発音はあきらめる」は、本当にその通りであります。
Posted by: 本石町日記 | April 01, 2010 at 02:40 PM
いつも楽しみに拝見しています
確かに、大学生レベルの英語をしゃべっただけで必要以上に持ち上げられるのは悔しいと言えば悔しいです。
さて、「英語は難しい」とのお話ですが日本語だって十分難しいと思います。
外国語由来の単語・漢文由来の単語・それらを組み合わせて作られた単語。発音(漢字の読み)だって湯桶読みなど、、、
向こうのハイソな文章にフランス語が混じるように、こちらのハイソな文章には漢詩・漢文由来の四字熟語などなどが混じりますよね。中国人ですら知らないような漢詩すら勉強しますし
Posted by: tetsu | April 01, 2010 at 09:58 PM
PKさん、コメントありがとうございます。
正直、そこまでこだわるのであれば数式のほうが早いと私などは思ってしまいます。
Posted by: 馬車馬 | April 03, 2010 at 06:16 AM
angelさん、コメントありがとうございます。
日本人の英語はいい本ですよね。定冠詞は繰り返し訓練で勘を養うしかないので(ルールが不明確な上に、余りにも頻出するのでいちいち考えていると文章が書けなくなる)、ああいうことは極力早い段階で教えてもらいたいものです。中学高校くらいでああいうことを訓練できれば最適ですが、先生と生徒両方に負担がかかりすぎますかね。。。
今日仕事が一山超えましたので、出来れば早いうちに小ネタを書き上げてしまおうと思っています。
Posted by: 馬車馬 | April 03, 2010 at 06:21 AM
通行人さん、コメントありがとうございます。
あちこちでご紹介くださっているとの事、書き手冥利に尽きます。ありがとうございます。
日本語はすごく難しいと思います。発音は圧倒的に楽ですが、文字を暗記する壁は高すぎます。文法も英語ほど整理されていないような気がしますし。外国人から質問を受けて困ることが良くありました。
Posted by: 馬車馬 | April 03, 2010 at 06:25 AM
生存確認が出来て安心しました。和魂洋才シリーズもお待ちしています。
日本語の単語数が多いのは、英語同様大陸からの輸入語が多いからとかいう説もありますね。日本の場合は明治維新後に洋語を片っぱしから漢語訳したというのもありそうですが。
引越しで和魂洋才シリーズの資料が散逸したとのことですが、クラウド化らしきことが出来るならやってみるのはどうでしょう。私は数式及び図のないプレーンテキストのみのノートは、全部Google noteに書いています。オンラインで論文参照出来る環境でしたら、オンラインノートで学術論文サイトへのリンク集だけ持っておくとか出来ますし。書籍の類は流石に無理でしょうが、装丁がしっかりしているモノは無くなる確率も低いはずです。
この方式のメリットは自分で大事なデータを管理しなくていいことで、アカウントを紛失しない限りはまず情報が蒸発しないところです(逆に普段から身の回りを整理しておける人には不要な方式なのかもしれませんが…)。
Posted by: tackman | April 03, 2010 at 01:14 PM
本石町日記さん、コメントありがとうございます。ご無沙汰しております。
発音は最近たまたまちゃんとした訓練を受ける機会がありまして、そこでちまちまやっていた独習がいかに役に立たないかを思い知りました。
もちろん、発音は出来るに越したことはないしそれによるメリットは大きいのですが、果たしてコストに見合うかというと、答えはNOだと思います。それよりも単語やイディオムの数を増やすことでリーディングとリスニング能力の底上げを図ったりする方が先ではないかなと。
舌の使い方などをちゃんと学ばないまま無理に英語の発音に近づけようとすると、妙にくぐもった発音になってしまって逆に聞き取りづらくなるようです。難しいですね。
Posted by: 馬車馬 | April 03, 2010 at 09:36 PM
tetsuさん、コメントありがとうございます。
日本語が難しいというのはおっしゃるとおりで、
どちらが難しいかと問われれば間違いなく日本語だと
思います。英語ほどには整理されていない文法、
複雑な音韻変化、呉音と漢音など複数存在する漢字の読みなどなど。
問題なのは、英語の難しさと日本語の難しさの方向が極端に違っていて、難しい日本語が出来ることが英語学習の助けには全くならないということですよね・・・中国語であればまだアドバンテージは大きいんですけど。
Posted by: 馬車馬 | April 03, 2010 at 11:19 PM
tackmanさん、コメントありがとうございます。
輸入語が多いのは(その当時の)文化後進国の特徴なのかもしれませんね・・・英語も成立はフランス語やイタリア語にずっと遅れを取っていたはずですし。
正直、手持ちの論文のコピーなどは全部スキャンしてデジタル化してしまおうかとは考えています(書き込みを取っておきたいので、新しい論文をダウンロードするわけには行かないので・・・)。Kindleとかでpdfファイルに直接タブレットで書き込みが出来るようになったら買うんですけどねー。そこまで行くにはまだ時間がかかりそうです。
Posted by: 馬車馬 | April 03, 2010 at 11:25 PM
言葉の問題が一番重要なんだ
結局、内需も評価の問題で
日本語が翻訳型言語から批判型言語に移行する技術開発が、さまざまなバランスを回復する鍵になる
英語教育を小学校から取り入れるのは、米国の植民地化戦略に取り込まれた政策だ
はやく止めてしまわないと
日本語というのはとても大切な言語だ
将来において世界が平和なら、日本語が重要な役割を果たしているはずだ
可能性のある言語なんだから大切にしないといけない
Posted by: PK | April 04, 2010 at 12:03 AM
「てにをは」は、話者の話題提示や注目点などをマーキングする機能で、例えば
「は」は話題提示、「が」は絞りと反絞り(転じて逆接)、「を」は欲求の方向、「に」はポインティング等等、話者を中心にした情動的な物語を形成する機能。
※助詞は音楽にも影響を及ぼしていて、おそらく、コブシや合いの手(人の声や三味線や太鼓によるもの)は、助詞の音楽的表出だろう。
ツイッターは米国がインフラを提供している開放型のチャットで、日本語というおしゃべり言語とは相性は良い。
しかし、知的にどうかと言ったら、字数制限でダメであるし、話者がチャットのグループをある程度仕切れる点以外に見所はない。米国に構造を分析されている分さらに悪い(韓国による2ch攻撃で、サーバーのご近所に米軍が居てビックリしつつも予想通り)
Togetterというのは良いと思う
しかし、ツイッターは結局は日本語をバカな言語にするだけだろう
Posted by: PK | April 04, 2010 at 08:44 AM
人間の発話しているという意識が、他者に聞かせるという自覚を持っているという点で、
日本語の尊敬謙譲語と英語などの人称は、話が人の間で持ち回りされるのを円滑にするという点で、同じ性質・役割を持っているのかもしれない。
であるなら、日本人が英語等の人称をうまく使えるようになるためには、「日本語での謙譲語の使い方と同じだよ」と教えれば良いのかも
Posted by: PK | April 11, 2010 at 07:42 AM
はじめまして。一馬車馬ファンのものです。いつも楽しみに読ませてもらっています。ちょうど私も語学を勉強してる中であり、非常に興味を持って読ませていただきました。
>母音があいうえおの5種類しかない
>20歳を過ぎているなら、発音の独習は完全に時間の無駄なのであきらめる
母音の日本語5種類は、以前知り合いの留学生が「日本語は発音は楽だし、すぐ体得できる。でも文法は難しい」と言ってたことを思い出し、こちらを読んであらためて「なるほど」と納得しました。発音に関しても、身近に結構でたらめな英語でアメリカ人と充分渡り合っているビジネスマンがいることから、これも納得です。下手な発音より中身ということでしょうか。
>語彙を増やす。使えるイディオムや例文を暗記する。最低限の文法を理解する。本を読んでテレビを見る
これ、すごくそう思います。「学問に王道なし」ともいいますが、特に語学は地味な積み重ねが必要だと思います。スポーツと同じで英語も、「基礎訓練→実戦」の繰り返しで徐々に上達していくものなのでしょうね。
長くなってしまいましたが、これからも記事のほう楽しみにしております。他の方も言っておられるようですが、どうかマイペースで末永く続けていってくださいませ。それでは失礼します。
Posted by: ロスペリコ | April 18, 2010 at 01:10 AM
ロスペリコさん、コメントありがとうございます。非常に今更なのですが、リプライをさせていただきます。ほんとごめんなさい。
発音はもちろん大事で、ある一定レベルを超えて英語を使おうとすると、どうしてもちゃんとした発音を身につける必要が出てくると思います。ただ、そこまでであれば、内容をブラッシュアップして語彙の数を増やしておけば相当程度カバーできるというのが実感です。そして、発音も含めて、語学は地味な反復練習の積み重ねだというのはおっしゃるとおりだと思います。私ももっと精進しないといけません…頭が痛いです。
Posted by: 馬車馬 | September 28, 2010 at 09:10 AM